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>>1 > その年の暮れ、かつてのボスとサシで飲む機会があったらしい。 ボスの方から岩城さんに電話がかかってきたのだ。 誘われた店に出向くと、久し振りに会うボスは少しやつれたように見えた。 「蜂じゃあなかったんスよね」 今度は黙ることなく、岩城さんは言った。 話したいことがあるのだとすればその件だと、わかっていたからだろう。 「はは…やっぱ岩城くんは気付いてたかあ…」 ボスが力なく笑う。 「あの人が言ってた蜂じゃないナニカね、実際にいたよ」 「赤黒い、ゼリー状の」 「そう。電話で聞いた通りのモノが、家具の隙間や天井の隅に確かにいた」 「……それで?」 「………僕はねぇ、…そのナニカを…」 ーーー持って帰ったんだ。 そう、ボスが言った。 呼び名はボスでも、結局のところ支部長だ。 対応しきれない問題は本部に持ち込んで指示を仰ぐ。 もはや電話報告だけでは済まない事態になっていることを考えると、物証があるに越したことはなかった。 そこで彼は、家に持ち帰ったのだという。得体の知れない赤黒いスライム擬きを。 ボスは詳細を口にはしなかったそうだが、それの捕獲には相当手間がかかったらしい。 一匹だけ持ち帰り、残りの駆除と「そのほか」についての話し合いはまた後日ということで、その場は一旦収めた。 不完全投函が原因での不利益ということならばできる限りのことはしたかったが、確たる証拠もない話である。 他の配達業者やビラ配りで、不完全投函する人間は山程いる。 何処までがこちらの配達員がしでかした不手際かなど、わかるはずもなかった。 その辺りの事情と、「ナニカ」が入り込んでしまった事態の重大性を秤にかけて、上層部に判断してもらうしかない。 二重にして空気穴を開けたビニール袋に入れて持ち帰った「証拠品」を、ボスはそのまま空のゴミ箱に放り込んでお盆で蓋をした。 お盆は、空気が入るよう少しずらして隙間を作ったという。 廊下や家族の使う部屋に放置する訳にもいかないため、置き場所は自分の部屋だ。 寝る際には、帰りがけに調達した耳栓とマスクをしっかり着けた。 翌朝。 目が覚めたボスは、下腹部に違和感を感じたのだそうだ。 ざっくり言うとお腹が微妙に痛い。 耳栓とマスクを外し、(トランクス一枚で寝ていたが、そのまま自室を出ると娘に怒られるので)ズボンを履いて手洗いに行った。 最初は、血便が出たのだと思ったという。 何かしらの病気かと心配して観察しようとしたところ、便器に落ちた赤黒いそれが、ごそりと動いた気がした。 …いや、確かに動いていた。 ごそり、ごそりと。意思を持って。 その上、その塊の中にはゴキブリのものと思わしき黒茶の翅や千切れた足が、半分溶けかかって見え隠れしていた。 咄嗟に水洗レバーを引いてしまったのは、致し方ないことだったろう。 部屋に戻ってゴミ箱を確認すると、案の定例の「ナニカ」は消えていて、溶けて破れたビニールだけがそこにあった。 「口や鼻に集まるって聞いてたけど…、入れる穴があれば何でもよかったんだよねぇ…」 結局、証拠は流れてしまったし、身体の中に入ったアレが全て外に出たかどうかもわからない。 もしかすると、千切れた肉片がまだ消化官をさまよっているかも…。 精神的に参ってしまって会社を辞めたのだと、ボスは少し薄くなった頭を掻いた。 その時点では身体に異常は出ていなかったらしいが、それも随分昔の話。 現在の彼がどう暮らしているかは、岩城さんも知らないとのことだった。 ボスはその後暫くして携帯の番号を変え、音信不通になってしまったそうだ。 (了)
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