投稿記事
コーヒーから立ち上る白い湯気。 店員が中身の減ったカップへ注ぎ足し、去っていった。 馴染みとなった俺のアパートから一番近い喫茶店… テーブルの向かいに俯いて座る明里。 一週間、連絡つかずだった彼女にメールで呼び出されたのだが、 ここに来て挨拶以外、互いに言葉を交わすことなく無言のままでいた。 あの夜の出来事について…だ。 言い出しづらいのだ。 部屋の中に突然現れた十年前に付き合っていた彼女の事を あの夜に明里へ語って聞かせた。 何もかも…再会してあの部屋で彼女と一夜を過ごしたことも。 再会した時は十年前と変わらぬ姿をしていたのに… 惨たらしく傷つけられた相貌… 脳まで達していただろう瞼の上から打ち込まれた釘… 削がれた耳と太い糸で縫いつけられた口… 「彼女はもう、死んでいるということなのか?」 幽霊…いままで存在を信じたことがなかったが…考えたこともなかったが… あの夜に見たのは…いや、再会した時点で彼女はすでに… そういった類のモノになっていたのだろうか… 「…生きて、いると思うよ…」 ”やっぱり…この部屋に女の匂いがすると思ってたんだ…” と言う女の声を明里はあの夜に聞いたそうだ。 京ちゃんがわたしと付き合っている時も他の女の匂いがしていた…とも。 「たぶん、目も耳も口も必要が無くなったのだと思う…」 見ることも聞くことも喋ることも…それは死んでいると暗に言っている事じゃないか。 明里は違う違うと頭を振った。 「彼女を探すのはやめてあげて。 男性と違って女には過去なんてないの…今があるだけ…」 明里はそう言うと、目から溢れた涙をハンカチで拭う。 他に何を聞いたか…知らされたか…これ以上、明里は語らなかった。 すすり泣く明里から、俺は窓の外へ目を向ける。 葉を落とした木々が鉛色の空の下、今日も風に吹かれて寒そうにしていた。 (了)
[
掲示板
]
mobile-bbs