投稿記事
波を蹴立てて暗い中を船は進み、 おっさんが俺達に何を見せたかったのか… 空が白み始め、360度全てに島影すら見えない大海原… 水平線からゆっくりと顔を出す、黄金色に輝く朝日だった。 北海道へやって来て、二十歳をとうに過ぎた男三人が、 景色に目を奪われ、息を呑み、胸を詰まらせた事が幾度となくあったが、 この朝日の神々しさは格別だった。 今現在、俺達が地球上のどの辺りにいるかを忘れるくらいに…目尻に涙を溜めて太陽眺めたよ。 地理的に、なかなか見れないご来光を拝んだ後、おっさんの用意してくれた朝飯を食った。 海苔と塩だけの握り飯にカニ味噌と身の入った味噌汁。 それらを頬張りながら、俺は艫で甲板に腰を下ろして海を見ていた。 二、三メートル先で波間に顔を出している白いのがいる。 ゴマフアザラシの幼獣…ゴマちゃんかと思ったが、天に向けてにょっきり伸びる一対の長い耳があった。 前脚を出して水面へ置いたかと思うと、 それを支点によっこらしょと胴体を海中から引き抜き、波の上へ乗って後脚二本で立ち上がる。 鼻をぴくぴくさせて周囲を警戒する一匹の白ウサギだった。 俺の右手から握り飯がこぼれて甲板に落ちる。 一対の赤い瞳が俺を捉え、それから小首を傾げ…その仕草が妙に人間臭い。 数秒、見つめあった後、ウサギはくるりと背を向け、 後脚二本で立ったまま、ぴょんぴょんと…波の上を走り去っていった。 まるで、『不思議の国のアリス』のワンシーン…何だったんだ今のは…と、呆気に取られる暇も無く、 一羽、また一羽とウサギが海中から浮き上がってくる。 海面へ這い出ると、先程のウサギを追うように二本足で立ち上がり、同じ方向へ走って行った。 気が付けば、船の周囲は浮いてきたウサギで埋まるほどになっている。 海域が沸き立つかのように白で染まり、 海面へ這い出たウサギが列を作り、同じ方向を目指して去っていく。 数千羽、数万羽にでもなっただろうか、 走るウサギが作る白い線は、水平線まで到達しそうな勢いだ。 白波が押し寄せていくような有様になっている。 船上にいる全員が、その光景に圧倒され、言葉を失った。
[
掲示板
]
mobile-bbs