投稿記事
今にも泣きだしそうな鉛色の空の下、葉を落とした木々が北風に吹かれている。 ランチタイムの繁忙が過ぎて客がいなくなった喫茶店の、 一番奥にある窓辺側の喫煙席で、 週刊少年漫画雑誌を読みながら、俺はコーヒーを啜っていた。 住んで十年以上になるアパートから一番近い喫茶店。 何の用事も見つからない休日の午後は決まって、俺はここで暇を潰す。 日が落ちて晩飯の心配をする時間まで。 『Simon & Garfunkel』の『The Sound of Silence』のイントロが静かに流れはじめる。 テーブル上の灰皿は吸い殻で小山が築かれていた。 すっかり冷えてしまったコーヒー…店員が注ぎ足していってからしばらく経つ。 アコースティックギターのみの美しい旋律と溜息を漏らすような歌いだし、 読み止した漫画雑誌腕を膝に置き、腕を組んで目を瞑り耳を傾ける。 映画『卒業』のテーマ曲でもあった。 教会からベンと花嫁姿のエレーンが手に手を取って飛び出してバスに乗り込むラストシーン。 乗客はなぜか老人ばかりで、最後尾の座席へ腰を下ろし… 周囲の視線を集める中、二人の顔から笑みが消える。 前を向く視線は宙をさ迷い、表情は厳しく… 二人を乗せたバスは走り去っていく。 そこでこの曲が流れる… 未来への不安…戻ることは許されない現実、覚悟と諦め… 俺には出来なかった… 考えてしまう、今までよりも長い茫漠たる時間を二人で過ごす重圧… 俺に彼女を守る力が無いことに気がつく。 俺に彼女を包む強さがないことに呆然となる。 金銭的、物質的な幸せを彼女に齎してやることのできない甲斐性の無い自分に… 彼女の心変わりが怖かった。 俺はそれを誰かに背負わせることにして逃げた。 韜晦と逃避で出来た鎧を着込み、 悲しみと後悔が、以降の…俺の心に降り積もっていく。 重苦しさと静寂の中で語られるおとぎ話。
[
掲示板
]
mobile-bbs