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実は、この後話すべきことはほとんどない。 件の雀荘に案内されて行ってみると、店に至る階段にはお馴染みの黄色いテープが張られ、警察による現場検証が行われてい たのだ。 次の日目にしたニュースによると、どうも大金を賭けた麻雀の末勝利を手にしたはずの男を、対戦相手のお仲間が背後から撃ち抜いたようだった。 勿論、店を閉めたあと秘密裏に行われた一勝負である。 試合に使われた麻雀牌と卓はまだ血塗れのまま、店の倉庫に隠されていたらしい。 暫くして、ありかちゃんに憑いていた霊の気配は完全に消えた。 俺にはわからないので、六佑曰くである。 「最後にアガったの、紅孔雀だったんかねぇ」 学食のいつもの席。 空になった昼飯の皿を前に、俺は呟いた。 「アガれたかどうか、わかんねーぞ」 と返事するのは、当たり前のように六佑だ。 「ん?」 「どうせ殺るなら、牌片付けてからの方が汚れなくていーだろ」 「まあ、そーね」 「それでもわざわざ牌を汚したってーのは、勝ちが確定して有頂天になった瞬間を狙ったっつーことなんかなと」 「あー、なるほど」 大金が動く話だ。冷静になれば、警戒するのが必然だろう。 ならば、楽な内に仕留めた方がいい。 「ま、‘中’に執着してたみたいだったから、最期のロン牌だったのかと思っただけだけどな」 気怠げな六佑の声をBGMに、俺は緑と赤だけで完成した美しい手牌に、死の赤が散る様を思い浮かべていた。 それは、紅色の孔雀が羽根を広げたかのように、見えはしなかっただろうか。 「邪魔するぞ」 これまたいつものように、よく通る声が響いて、ありかちゃんが顔を見せた。 水と、見るからに辛そうなキムチうどんを、手にしたトレーに乗せている。 六佑は、隣に腰掛けて割り箸を割るありかちゃんから、然り気無く視線を反らして仏頂面した。 その口許がごくごく僅かに緩んでいることは、恐らく俺にしかわからない。 「いただきます」 「アレからなんともないのか」 そっぽ向きながらも、さらっと気遣う台詞が出てくるあたり、流石六佑だと言えよう。 ありかちゃんは食べ始めようと構えていた箸を置いて、ちょっと神妙な顔をした。 「それがな」 「……なんかあんのか」 「いや、私がどうこうという話ではないんだが…」 何やら、まだ後日談があるらしい。 俺は聞き役に徹することを決め、背筋を正す。 「中(チュン)が見つからんらしいのだ」 「てェと…?」 「例の事件の際に使用されていた雀牌の中から、中がひとつ消えていたんだと」 そう言って、ありかちゃんはごそごそとポケットを探った。 「恐らくここにあるのが、そうだ」 テーブルの上にコトリと置かれたのは、いつぞや見たのと同じ、赤茶に染まった雀牌である。 っていうかそれ、直にポケットに入れてたんかい。 殺された誰かさんの血が付いてるんだぞ。しかもべっとり。 六佑の眉間にも、見るからに皺が寄っている。 そんな俺たちの気も知らず、ありかちゃんは真剣な面持ちで「証拠品として提出しにいくべきだと思うか?」と問うて来たので、ふたりして全力で止めておいた。 説明のしようがないし、変に疑われかねない。 未解決ならば兎も角、事件自体も概ね片付いているのだ。 無闇に藪をつつく必要もないだろう。 っていうか、ニュースで流れていない「現場から‘中’が見つからない」という話を、何処で仕入れてきたのか謎過ぎるよ?ありかちゃん。 「にしても、紅孔雀で死ぬとはな…。天衣無縫なら、俺もアガってみてェけど」 パイプ椅子の背にどっかりと凭れ、六佑が溜め息のように言葉を吐き出した。 天衣無縫ーーすなわち九蓮宝燈(チューレンポウトウ)。 アガれば死ぬと言われている役満である。 「さて。折角だし、こないだのリベンジ戦でもやろうぜ」 ありかちゃんが食べ終わった頃を見計らって、六佑が言った。 戦場はいつも、大学から一番近い俺の家である。 「いいな、やろう」 アナログデジタル問わず、ゲームと名のつくものには目がないありかちゃんが、目を輝かせて賛同する。 「いいけど。面子(メンツ)どうすんの?」 麻雀は基本、四人用のゲームだ。 この三人では足りないので、大抵その辺のクラスメイトをひとり掴まえて打つことになっているのだが、今日は近くに誰もいない。 四人目を探してきょろきょろと周りを見渡していると、ありかちゃんと六佑が、変な顔でこっちを見ていた。 そして、 「こないだもそうだっただろ」 などと言う。 「ん?最近三人打ちした覚えなんて…」 そうだ。……ない。 確かに、麻雀の面子が足りない時は牌の数を減らしたりして三人で遊ぶこともできる。 できるが…、三人で卓を囲んだ最後の記憶は半年くらい前である。 中(チュン)の事件の日ーーあの日は絶対に四人打ちだ。 牌も通常通り全部あったし、ツモ牌も4山あった。 手番にだって、違和感はなかった。 それなのに…、一緒に打っていたはずの「もうひとり」の顔を、俺は全く思い出せないのだった。 「ま、そういうこともあらァな」 いつの間にかトレーを持って席を立っていた六佑が、ニヤリと笑って俺の肩…、 いや、俺の肩の少し上、何もないはずの空間をポンと叩く。 耳元で、ひんやりとした風がそよいだ。 (了)
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