投稿記事
軍服の男 この話を聞いたのはもう何年も前になる。 付き合いたての二人が深夜のドライブデートを楽しんでいた。 とにかく早くキスを決めたい彼は夜景が見える高台へ行こうと提案した。 彼女も了解し、暫く山道を登っていたが、どこでどう道を間違えたのか辺りは見知らぬ景色に変わっていた。 免許を取得して間もない彼は軽くパニックになり、とにかく車をUターンさせようと方向転換している時に操作を誤り後ろタイヤを脱輪させてしまった。 仕方なくJAFに連絡を入れ待つことにした。 折角のデートが台無しだと彼は凹んだが、幸い彼女の機嫌は損なわれておらず、まあこれも思い出の一つになるかと二人で笑いあっていた。 ザック、ザック、ザック、 二人が座る歩道の裏手から足音が聞こえた。 見ると、暗くて気づかなかったが裏の林には奥へと続く舗装されていない道があり、目を凝らすと誰かが歩いて行くのが見える。 ザック、ザック、ザック、 「 何があるんだろ?」 彼女がそう言いながら立ち上がり歩き出した。 彼氏は慌てて後を追い、彼女に引き返すように説得するが彼女は気になると言ってきかない。 仕様がなく彼は彼女の後ろに続く事にした。学生時代に柔道でならした経験がある彼は、もし何かあっても彼女を連れて逃げきるぐらいの自信はあったのだ。 … 数百m程歩いたところで道が開け、小さな廃寺が姿を現した。 そこは周りを高い木々で囲まれ、狭い空間に隔離されているかの様にひっそりと建っていた。 朽ちた瓦屋根、砕けた門柱、腰の辺りまで伸びた雑草等が、その長年の不在を物語っていた。 「 さっきの人だ…」 彼女の視線の先を見ると、門柱の横手にある小さな沼地の中に、下半身を水に浸からせた男が立っていた。 大きな男だ。 背を向けているが、カーキ色の軍服を身につけている様に見える。 彼は身動ぎもせず、ただジッとそこに立っている。 彼は必死に彼女の手を引き、帰ろうと諭したが、彼女は何故か帰るのを拒んだ。 暫くすると、林の向こうから微かなエンジン音が聞こえた。どうやらJAFが到着したようだ。 沼地を見ると先程の男は忽然と消えていた。 … 一週間後、連絡の取れなくなっていた彼女から電話があった。 酷く怯えている。 あの日以来、毎晩のように夜中に上下カーキ色の軍服を着た大男が枕元に立ち、自分に話しかけて来るという。 電波状況が悪いのかプツプツと妙な雑音が邪魔をする。 憔悴しきっているのか彼女の声も掠れており、途切れ途切れで何を言っているのかよく分からない。 心配になった彼氏は翌日に彼女のマンションを訪れたのだが、既に不在でその日から行方が分からなくなった。 そして捜索願いも虚しく、一週間後彼女は変わり果てた姿で発見された。 第一発見者は彼だ。 心当たりのある最後の場所に彼女はいた。 あの廃寺の沼に沈んでいたのだ。 水を含みブヨブヨに膨れ上がった顔の目玉は抜き取られており、何を見たのか…彼女は恐怖で引き攣った状態のままで固まっていた。 … … く…ぞ… 深夜、何者かに髪の毛を引っ張られる感覚があり彼は目を覚ました。 キーンと耳鳴りがし、体が思うように動かない。 … く…ぞ… 暗闇の中、彼の顔をあの大男が見降ろしていた。 遮光カーテンで全く光が無い筈の部屋に、ハッキリと浮かび上がる軍服姿の男。 … く…ぞ… あの時と違っていたのは軍服がカーキ色ではなく、赤色だった。 そしてまた口元が僅かに動く。 … くぞ… 男の目玉は半分飛び出た状態で、ギョロギョロとまるで生き物の様に蠢いている。 ポタポタと上着から滴る血の様な物が彼の顔に落ちてくる。 また口元が動いた。 …いくぞ… …いくぞ…いくぞ…いくぞ…いくぞ…いくぞ…いくぞ…いくぞ…いくぞ…いくぞ…いくぞ…いくぞ… … その話を俺にした数日後、彼は行方不明になった。 【了】
[
掲示板
]
mobile-bbs