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悪寒が全身を駆け抜け、瘧のような震えが走る。 寒い!さっきより気温が低下していないか? 厚手のコートを冷気が突き抜けてくる…全身が今にも凍りつきそうなくらい寒い。 「鉄道事故…特に自殺された方…濃く…強く残ってしまうんです。 まず、話なんて聞いてくれません。 生きている人が羨ましくて、妬ましくて、憎たらしくて… 普段はああして見上げるだけ…なのですが、今夜は… 新月の晩だけは…生気の欠けた者をそちら側へ引きずり込める狩場へと変じるのです。」 彼女が促す方向…ホームの先へ視線を向ける。 な、何かと目が合った…合っちまった。 こんな不自然で…低い位置なのに…誰と目が合う!? 心臓を冷気が鷲掴みにした。 「見えましたか? 心身共に疲れ果て、マイナス思考に支配されて気鬱となっているお兄さんの精神状態は今、 彼等と容易に同調し、共感できる位置にまで来ています。 お兄さんを彼等の側へ容易に引き込めると目星をつけたのでしょう。 格好の獲物を絶対に逃がすまいと結界を張ってまで… 虎視眈々と狙っています。」 それでか、畜生…見てる…しっかり、俺を見ていやがる… 熟しきったトマトみたいな… 普通の倍くらい真っ赤に腫れあがった…男とも女とも分からない不気味な顔が… 瞳孔の開ききった…焦点の合わない目で…だが、確実に俺を睨みつけている。 「すごいの来ちゃったね、お兄ちゃん♪」 嬉しそうに…この腐れ妹が! あれが幽霊…悪霊とか、そういうものだというのか? 「お兄さんを求めて、お兄さんが欲しくて…彼等が集まってきました。」 俺はベンチから飛び上がるようにして立ち上がった。 彼女のセリフを訊いて悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい。 赤く腫上がった顔の隣に別の顔がある。 その隣にも…またその隣に…幾重にもなって俺を見つめている。 ひしゃげ…潰され…割れ砕けた無惨なデスマスク達がみるみる数を増していく。 「私がいるから彼等は警戒してホームへ…こちら側へ上ってくることができません。 しかし、数を増し…私に勝てる確信が持てた時、亡者達はここへ這い上がってきます。 そうなる前に、お兄さんはユズキと逃げてください。」 言ってる側から手!手が出た!! 腕が…ホームの向こうからずるずると血の気のない青白い手が… 天に伸びるように…一本…二本…こちらを見ている顔と比べて腕の数がやけに… 熟れたトマトみたいな顔…口の端が吊りあがる…無惨な顔をした奴等もまた… 雪輪屋さんが浮かべる表情よりさらに深い…邪悪な笑み… 「今宵は悪質なモノ達が多いようですね。 私はちょっとこの方達とお話があるので、ユズキ、お兄さんを連れて逃げてください。 お兄さん、絶対に後を振り返ってはいけませんよ♪」 まるで、レイ・ハリーハウゼンのコマ撮り特撮映画のようなぎこちない動きで… 奴等は…ひとり、またひとりと…ホームの端に指を掛け…ゆっくりと時間をかけ…這い上がってくる。 「アファーマティブだよサーちゃん♪」 ユズキがガシッと俺の手首を握ってきた。 強い力で引っ張られ、慌てて俺は一歩踏み出し、ホームからの脱出行が始まる。 「この期に及んで迷っている暇なんてないんだからね、お兄ちゃん!」 しかし、どこへ…どこまで逃げれば良いんだ?このホームから…連絡通路まで行けば良いのか? ユズキと手を繋ぎ走り出したのだが、手足の動きが鈍い…動作が緩慢で、 運動能力なら俺の方がかなり上である筈が、妹の走る速さにまるでついていけてない。 くそ、連絡通路へ続く階段…あんなに遠かったか? 今までいた場所は、階段を下りてすぐのベンチだった筈…遠近感がおかしい。 屋根を支える柱が俺を嘲笑うかの如く、ぐにゃりと歪んだ。 黒い塵のようなものが、無数に視界の中を舞っている。
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