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娘ふたりを保育園へ送り届ける。 帰宅したら、軽く部屋を片付けて掃除機をかける。 お化粧を直した後、再び外出してカフェでゆったり昼食。 夕飯の買い物をして帰り、下準備を済ませる。 すると、それだけでもうお迎えの時間が来てしまう。 由美はエプロンを外して電動自転車に跨がると、保育園に向かった。 今日は菜々も花菜も、体調不良含め大したトラブルは起こさなかったらしい。 先生からの連絡事項もなく、すんなりと帰されるなんて久々だ。 (毎日こうなら楽なのにな…) そんなことを考えながら、花菜を自転車の前に、菜々を後ろに乗せて走り出す。 大通りの交差点に差し掛かると、今朝と同じようにまた、救急車のサイレンが近付いて来ようとしていた。 歩行者信号は青だ。 由美はそのまま横断歩道を渡ろうとして、ふと微かな違和感に襲われた。 背後が静かなのだ。 いつもなら、菜々のマシンガントークが始まっていてもおかしくない頃なのに…。 「ほいくえんでね」「あいりちゃんがね」「あのね」「それでね」 矢継ぎ早に浴びせ掛けられるはずの言葉の数々が、娘の口から何ひとつ出てこない。 ……なんだか変ね。 そう思った瞬間、ペダルがぐっと重くなった。 (えっ…?充電、切れた…?) 電池が空になると、丁度こんな風に前へ進まなくなる。 しかし、バッテリー残量は80%の表示だ。 それなのにどうして?故障だろうか…。 焦っている内に自転車はどんどん重さを増して、由美は危うく倒れそうになった。 モーターのアシストなしで坂道でも登っているかのような重量だ。 その上ペダルは更に重たくなって……駄目だ、もうこいでいられない。 由美は仕方なく足をついた。 自転車から降り、腕の力に全体重をかけて、押す。 それでも車体はゆるゆるとしか動かなかった。 充電の切れた電動自転車は、確かに普通の自転車より余程重いが、そんなレベルではないように感じた。 「菜々、自転車ね、調子悪いみたい。ちょっと、降りて、歩いて…」 切らせた息の下、助けを求めて後ろ座席の娘を窺う。 まだ幼い瞳は由美を見ず… 小さな口が、かぱっと開いた。 「ああああああああ!ぅあああああああ!」 迸る絶叫。いや…、泣き声。 菜々に呼応して、前座席では花菜が喚き始めた。 そしてその合唱に重なり、サイレンが響き渡る。 そうだ。救急車。 大通りのど真ん中に立ち尽くしていることを思い出す。 早く、早く退かないと…。 由美がどれだけ必死に力を込めても、もう自転車はびくともしなかった。 泣き声に似たサイレン。くるくる回る警光灯。 母娘が立ち往生する横断歩道に、速度を増した救急車が突っ込んできた。
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