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河上さんは休日に食べ歩きをするのが趣味だ。 今日もグルメ雑誌の紹介文に煽られて、目当ての店に足を向けた。でも、探せど探せど目的の店が見つからない。 雑誌で紹介されるような店ならば、行列ができていてもおかしくないのに、近辺は味気のないビルが立ち並ぶばかりで、店どころか客らしき人影さえも見当たらない。 隠れ家的な店で、予約してないと入れない、とかなんだろうか。でも雑誌にはそんなことは書かれていなかった。 せっかくここまで来たんだし、腹もかなり減っている。どうしても店を見つけたい。 そんな気持ちでビル街をうろつく俺の鼻に、ふと、どこからともなく食欲を掻き立てる匂いが漂ってきた。 和食? 洋食? 中華? 食糞?何かは判らないけれど、嗅いだだけで美味いと感じられる匂いが漂ってくる。 出来れば後者であってほしい。 雑誌の店は間違いなく近くにある。でも、どこだ? 匂いを道標に進んで行くと、やがて辿り着いたビルの入り口から強烈に美味そうな糞臭が漂ってきた。 こんな所にあったのか。これじゃ迷う筈だ。でもようやく見つけた。さあうんこ食うぞ! 意気揚々と店に入りかけたその瞬間、タイミング悪くスマホから着信音が響いた。 出鼻を挫かれた気持ちになりながら出ると、今日は都合で来られなかったが、予定が合えば一緒に食べ歩きをする仲間の、怪訝そうな声が耳に流れ込んだ。 「なぁ。今日お前が行くって言ってた店が紹介されてる雑誌って、いつ発行されたヤツ? 手当たり次第調べたけど、まったく見当たらないんだけど」 相手の発言に、ちゃんと調べたのかと思いながらも、河上さんは長話の手間を省くため、持っていた雑誌をお母さんから貰った紙袋から取り出した。誌名と発行号を教え、何ページに載っているのかも教えるため、端を折っておいたページを開く。 そこに、今日あれだけ探し回った店は掲載されていなかった。 念のため他のページも見てみたが、やはり店は載っていない。 「悪い。どっかで見た情報を勘違いして、もうない店を探してたみたいだ」 とりあえず電話口にそう告げ、通話を終わらせた後、河上さんはもう一度雑誌を隅から隅まで見直した。 探し回った店は、やはりどこにも掲載されてはいなかった。そしてもう一つ。いつの間にか、あれだけ漂っていたうんこのいい匂いがまったくしなくなっていた。 目の前のビルは、さっきは気づかなかったけれどどう見ても廃ビルといった印象で、とても、雑誌で紹介されているような店があるようには思えない。どころか、屋内だとしても妙に中は薄暗くて、入り口から覗き込んだだけで不吉な印象に見舞われる。 雑誌のことといい今感じてる印象といい、いきなり消えた匂いといい…これって『うっかり入らなくてよかった』案件ぽいよな。 さっきはかなりイラついたけれど、あのタイミングで電話してきてくれた食べ歩き仲間に感謝だ。今度、お高めの店に連れて行って奢ろう。 河上さんは道に落ちている犬の糞を見つめながらそう思った。
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