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1 これはまだ俺がヤンチャだった10代の頃の話である。 中古のムスタングを改造して街に繰り出し、明け方まで女と遊んで、いつものように空が白白とし始めた頃に帰路についていた。 爆音を響かせながらいつもの交差点を左折すると、いきなり道路の真ん中に子供がしゃがみ込んでいた。 慌てて急ブレーキを踏むと車はギリギリの所で止まってくれた。子供はそれに怯む様子もなく、立ち上がり運転席側に歩いてきた。 「なんなんだよ」 子供は暗い顔で窓の外から俺を見つめている。どこかで見たような顔だ。 窓を少し開けてやると、子供は嬉しそうににこりとした。 「ねえ、お兄ちゃん、お母さんとこまで送ってくれない?」 ああそうだ、声を聞いて思い出した。 この女の子は俺ん家の近所に住むクソガキだ。うちの母親がこいつの親と仲が良くて、二、三度うちに遊びに来た事もある。 2 助手席に乗せてやると、女の子は更に嬉しそうにしてはしゃいだ。 「凄いカッコいい車だねー!」 「黙って座ってろ!」 確か名前はユズキだかなんだか言ってたような気がする。 良く見るとハーフのような整った顔立ちで非常に将来が楽しみな逸材だ。しかもガキのくせに腰まで伸ばした髪から良い匂いがしやがる。 あと10年たったらおじさんと遊ぼうね。ぐへへへ。 3 「しかしおまえ、こんな朝っぱらからあんな所で何してたんだ?家出か?」 俺が嫌味を言うと、ユズキは急に黙りこんだ。 「あそこ!」 唐突にユズキが山の中腹にある鉄塔を指さした。 「鉄塔か?鉄塔がどうしたんだ?」 ユズキは下を向いたまま答えなかった。 4 ユズキの誘導で、俺の車は色褪せた団地の前に止まった。 「ここか?」俺が横顔に問うと、ユズキはうん、と言って車を降りて行った。 ユズキは階段の踊り場まで行った所でクルッと此方を振り返った。 「ママの所まで連れてきてくれてありがとーーー!!!」 そして、ふっとその場から姿を消した。 俺はその時、大変な事を思い出してしまった。 5 家に帰ると、妹の夏美が玄関で仁王立ちしていた。 「兄貴、馬鹿なの?」 朝っぱらから失礼な奴だ。 無視して横を通り過ぎようとしたら華麗に足払いされて、ガッチリと関節を決められた。 夏美は空手の有段者だが、柔道も強い事を忘れていた。 「離せー、離せよー」 「兄貴!ユズキちゃん見つかったんでしょ?!」 「はい、見つけました!」 俺は夏美を車に乗せて、あの鉄塔を目指した。 6 ユズキはもう半年も前から行方不明で、連れ去ったと思われる防犯カメラに映った男も未だに捕まっていない。 親は財産を投げ売り、今も駅前で娘のビラを配っている。 当たり前だが、鉄塔の周りは高いフェンスに南京鍵がしてあった。 ユズキが眠っているのはこの中だろうか?それとも裏手の山の方だろうか? 美人薄命とは言うが、今になってユズキのあの悲しげな横顔が胸に効いてきやがる。 夏美が目を閉じて意識を集中している間に、俺は警察に連絡を入れた。 了
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