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一昨年の夏からメール便投函のアルバイトをしている。 二人か三人組でハイエースに電動自転車を積んで現地に行き、その後手分けして周辺の町に配達するという仕事だ。 今日これから話すのは、配達を終えて会社に戻る車内での出来事である。 その日は配達量のかなり多い日で、山手通りに出た時には既に20時前だったと記憶している。 冬に差し掛かっており、16時半頃には薄暗くなり始める。 配達中たまに見慣れない宛名が出てくると、地図や表札を確認するのも一苦労で、思ったより時間がかかってしまった。 パートナーはベテランの岩城さんだったが、私の2倍近い量をこなして同時刻に配達完了するのだからとんでもない。猛者である。 そこまで配達して貰って更に申し訳ないことに、帰りの運転も彼任せだった。私は免許を持っていないからだ。 助手席では左折時の安全確認くらいしか仕事がなく、大抵外を眺めて過ごしていた。 左右に特に面白いものがなかったり、きょろきょろする気分でもない時には、行き交う車のナンバープレートを見ていることが多い。 数字を語呂合わせして意味のありそうななさそうな文章にするのが、ぼーっとしている時のマイブームなのだ。 定番の「11-22(いい夫婦)」に始まり、「72-84(夏、はよ)」と夏を心待ちにしてみたり、「12-19(いつ行く?)」今でしょ!とか古すぎるネタを持ち出したりと、まあくだらないことを片っ端からやっていく訳だ。 「68-71(陸はない)」とか「83-58(ヤーさん怖〜)」なんてのもあった。「29-86(肉野郎)」に至ってはただの悪口である。 何せ膨大な配達を終えて疲れていたので、実のあることを考える頭もない。 飽きずに延々とナンバープレートを読んでいたのだが、ふと目を向けた先に他よりも何故か惹かれる番号があった。 地名のあとに来る3桁の数字(恐らく分類番号というもの)と合わせて、「144」「・2-15」。 「一緒」「に行こ」 白いトラックのナンバーだった。 それなりに大きな車体の横と後ろに、○○運送とロゴが入っている。 左側の車線を結構なスピードで通り過ぎ、逆にこちらは赤信号に捕まったため、じきに見えなくなった。 144を「一緒」と読むのは我ながら悪くないなと思いつつ、次の車に目を走らせる。 「42-19」死にゆく。 42は縁起が悪いため、希望しない限り使われないという話を聞いたことがあったけれど…あれは下二桁限定だっただろうか。 その次のプレートが「・5-32」、「89-32」、そして「・4-32」。 三連続で32だなんて奇跡的だが、「絞殺」「扼殺」「刺殺」と読んでしまったので洒落にならない。 不吉な数字が続くな、と心の中だけで苦笑した。 当然だが、全て黙読している。 つまり、傍目には静かに座っているだけの私なのだ。 突然笑って変に思われることは避けるべきだろう。 そんな折、後方から右前に小さめの黒い乗用車がすっと出てきた。 自然に目に入ったプレートナンバーは「564」の「・7-31」。 「殺し」「なさい」 悪寒が走る。車内の温度が下がっているような気がした。 なんだか嫌な感じだ。 いつから、こんな空気だっただろうか。いつから… それでも目は次のナンバープレートを追ってしまう。 「・3-21」、「・3-26」、「31-89」。「・4-48」、「56-30」、「45-92」。「42-74」、「37-42」、「478」「・6-96」…。 山手通りを走り続けているだけなのだ。 対向車は兎も角、同一車線の車は然程頻繁に代わりはしない。いつもなら。 それなのに、前や隣を走っていた「72-84」や「11-22」といった車はいつの間にか姿を消し、今や周囲は不幸を連想させるナンバーばかりになっていた。 偶然だと言えばそれまでだし、わざわざ意味あり気な読み方をするのが悪いのだ。わかっている。 それでも。 「おい」 小型の貨物車が、左後ろから視界に入ってくる。 ナンバープレートは… 「425」「・・64」 (死に頃よ) 弾かれるように顔を反らした先、真正面に信号待ちで止まっている白いトラックには見覚えがあった。 荷台の扉に○○運送の文字。 (一緒に、行こ…) 「おい、バカ!考えるのやめろっつってんだ!!」 岩城さんの怒鳴り声が車内に響き渡った。 同時に、私の脳髄にも。 「えっ、と…。え??」 窓の外に向いていた意識がリセットされ、狭くて温かみのある空間に戻ってくる。 岩城さんが、見慣れない険しい顔つきでフロントガラスを睨みつけていた。 思考が外に漏れていたはずはない。はずはないのだ。 それならば何故、岩城さんは声を荒げたと言うのか。 「お前、自覚ないだろ。最近ちょっと危なっかしいぞ」 「と、言いますと…?」 「今まで全然関わって来なかったっつーのに、ここ一年半で急に増えたからじゃねーの」 増えたのは、何か。 「不思議なこと」に遭遇する機会だ。 「よくわからんが、なーんか不安定なんだよな…。免疫ないヤツが、あんまり好奇心持つもんじゃない」 そう言ったかと思うと、岩城さんは舌打ちしてヘッドライトをハイビームに変えた。そしてすぐさまロウに戻す。続けて、もう一度。 同じ操作を計2回繰り返して、漸く安心した様子でふーっと大きく息を吐いた。 合図のようなハイロウの切り替え。 対向車にとっては迷惑だろうその行為に何の意味があったのかは訊いていない。 ふと視線を投じた車外には既にほかの車はなく、いずれ会社へと続く道路が黒々と伸びているだけだった。 (了)
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