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私のお母さんは、いつも優しくて、いつも綺麗で、いつも笑顔を絶やさない、私の自慢のお母さんだった。 家に居る時も、お出かけする時も、いつだって私と一緒にいてくれた。 私の誕生日には、手作りのケーキを用意してくれた。 そんなお母さんのことが、私は大好きだ。 でも、ある日突然お父さんと二人きりで一緒に出かけたきり、お母さんは家に帰って来なくなった。 一人で帰ってきたお父さんに理由を聞いても、「そのうち帰ってくるさ」 と力なく笑うばかりだった。 それから4日経った頃、お母さんが帰ってきた。 でも、私の知ってるお母さんじゃない。 私の知らないおばさんだった。 その人は、「ただいま」 とぶっきらぼうに言ったきりで、その後は夜が明けるまで一言も喋らなかった。 お父さんに、あのおばさんは誰と聞いても、「お前のお母さんじゃないか」 と言うだけでした。 違う。 あんないつも不機嫌そうで、いつもだらしない格好して、いつも眉間に皺を寄せた知らないおばさんなんか、私のお母さんとは似ても似つかない。 とうとう、お母さんが帰って来ないまま、私は初めてお母さんがいない誕生日を迎えることになった。 おばさんは、「ケーキは買ってあるわよ。あなたが学校から帰ってきたら準備するわ。」 と、鬱陶しそうに私の目も見ずに言い捨てた。 私は、買ったものなんかじゃない、お母さんが作ったケーキが食べたかったのに。 嫌だな。 今日は帰りたくない。 そう思いながら登校した。 学校が終わった後も、家に近づく勇気が湧かずだらだらと寄り道をしていたら、すっかり陽も落ちて、代わりに街灯や家の灯りが点々と点く時間になってしまった。 玄関の前でため息が出る。 鍵もドアノブも鉛のように重く感じる。 お母さんがいたら、こんな思いしなくて済んだのに。 ドアを開けた瞬間、異変を直感した。 肉が焦げたような匂い。 私は茶の間へ駆け出す。 お父さんが横になってた。 下半身だけ。 腰から上は、血とぐちゃぐちゃの内臓しかなかった。 キッチンを覗きこむと、直立したおばさんの影が見えた。 おばさんは、上半身だけで直立してた。 床にお腹をぴったりくっつけるように、血溜まりの中で立っている。 「ケーキ、もう少ししたらできるからね」 優しくて、綺麗な声。 微笑んだように、その声の主が振り返る。 肌が炭のように真っ黒でパサパサで、目と鼻は空洞で、動くたびにパラパラと唇が崩れ落ちている。 違う。 この人は私のお母さんじゃない。 全く聞いたことがない、知らない人の声。 一体どうしたら私のお母さんは帰ってきてくれるんだろうか。 それとも、私のお母さんは最初から存在していなかったのだろうか。 先ほど一瞬だけ聞いた声で得た希望と安心感が跡形もなく消え去ったのと同時に、自分の情けなさと不甲斐なさと一緒に、今まで溜め込んできた寂しさと悲しさと不安までもが一気に込み上げてきて、涙が止まらない。 私の耳障りな嗚咽に混じって、ごめんねと言う女の声が頭上から降ったような気がした。
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