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お待たせ致しました。 前回と同様、繋げます。 その日は雨の予報でも出ていたのだろうか、周りを見ると視界に入る人は皆、手に傘を持っていた。 皆、皆、ビニール傘。透明なビニール傘。 ふと気が付くと、私ももれなく皆と同じ様に傘を持っており、隣にいる友人?(顔がぼやけて認識出来ないが、雰囲気や声等で友人だと直感的に感じ取った。)もまた、同じビニール傘を手にしていた。 そしてそこから、私と友人は電車に乗ってどこかへ向かっている。 だが、私は何故か落ち着かなかった。隣には友人がいるのに、なぜ? 原因の分からないモヤモヤとした気持ちが私の頭を雷雲の様に曇らせていた。 なぜなら、確かに目の前の友人と何らかの会話をしながらこうして電車に乗っている訳なのだが、目的地がどこなのか、そして会話の内容が何なのかは今も思い出せないままで、それはあくまでも夢、確かに覚えていなくても仕方のない物と言わたとしても、そんな奇妙な始まり方をした夢が、見続けていく程徐々に私に得も知れぬ恐怖を与え、目覚めた後も強烈に脳裏に焼き付いて離れない物語になっていったのだから。 やがてどうやら目的の駅へ着いた様で、私と友人は電車を降りた。雨が降っていた。そこはどこか見覚えが有るような無いような、何か違和感を感じる駅だ。振り返って何度か駅の名前を探したが、見覚えがあるような気はするものの結局何という駅なのかは分からなかった。 五段程の階段を降りて、駅を出た目の前には何かを象ったオブジェがあり、その廻りは綺麗な石畳で飾られていた。雨はまだ降っていて、周りの人は傘をさしながら談笑しつつ歩いていた。カップル達、家族と思われる人々…様々な人々が私達の前を歩いて行く。同じ様に、私達も傘をさしながら前へ進んだ。 そこではその日、何かの催し物をやっていたらしく、白と青のテントが道のそこかしこに設置されていて、陽気な音楽がスピーカーから流れていた。 よくある地元のイベントか何かだろうと思い、私は特に気にとめはしなかった。 テントと同じ色の白と青のポロシャツを着た老若男女が、訪れた人々に笑顔でカレーを配っている。 私事ではあるが、私はカレーが大好きな事もあり、思わぬサプライズにさっきまでの妙な違和感を忘れて配られるカレーにいつしか心を躍らせていた。 前を進む人がそれぞれに、差し出されたカレーを嬉しそうに受け取る姿をビニール越しに目にしたその時、ふと、雨が止んだ。 まるで蛇口に溜まった最後の一滴が落ちる様に、ピンと落ちて、そして突然無音になった。さっきまでの人の声や音、全てが消え、静寂が突然訪れた。 私は不思議に思いながらも「あ、雨が止んだかな」と思いビニール傘越しに空を見上げた。 その瞬間、周りは異様な光景になった。 全員が一点を見つめていた。もう水の落ちて来ない空を、全員が凝視していた。私の隣の友人も、口をぽかんとあけながら周りと同じ様に空を凝視していた。 空と、ビニール傘越しの視界と、私を含む周りの人間の時間が一瞬ピタリと完全に停止したように思えた。 停止した…というよりは、体感的には止まったかに思えたその時間は実際は止まってなどおらず、非常に遅い、停止ギリギリ速度のスローモーションの様に私は感じた。 それがギュルギュルと急速度で元の時間の流れに戻ったと錯覚した時、私ははっと我に返り咄嗟に友人の方を見た。 直後、それは私の右足の端を掠めた。余りの突然の事で、想定など出来るはずもなく、まるっきりそれは予想外の出来事だった。 「 ブツッ 」と言う音が、最初に私の耳の静寂を破った。 目前の友人の、口をあけたまま私を真っ直ぐ見るその顔とその目。そしてその手元に握られた物の銀色の先端部分からは雨水と鮮血が伝い、滴り、足元に濁った澱みを作り始めている。 つい先程まで私達を雨から守っていた傘が、一瞬にして凶器と化し、また友人も狂気と化した。 私は驚き混乱した。何が起き何をしているのかと友人に問おうとすると、友人のぽっかりあいた口から、「 ァァアアアアアー! 」と叫びとも何とも言えない声が出た。最初は小さかった声が段々と大声になっていった。目は相変わらず、私を真っ直ぐ見ているだけで、その姿はとても異様で、異質だった。 今何が起きている?目の前のこれはなんなんだ?あれは誰だ?あそこのテントは何色だったっけ?白だったか青だったか? 今はまるで真っ赤だ。 あの白と青だった筈のポロシャツも… 最早正常とは言えない頭ではあったが、何とか頭と目を必死で巡らせ、私は考えた。 そこで、気付いた。 気付いた途端、私の中の疑問が、あの雷雲の様なモヤモヤが、段々と姿を変えて視界と共に私の頭と目をクリアにした。 その友人(らしき人)、その周りの人々、その人達はそれまでは顔が見えず、はっきり認識出来ないと、私は思っていた、思い込んでいたが……違う。 私は、その友人をはっきりと知っている。そして周りの人達も、私は全員、知っているのだ…。 最初に感じた霏が、私にそう錯覚させていたのか、それともこれは夢だからなのか。 ここにいる人間は全員、私の知った顔だ。 仕事仲間、同級生、近所のおじさん、おばさん、よく行く八百屋の同い年の女の人、向かいの家の夫婦、その子供… まるで私の日常を映し出しているかの様な光景だ。 いや、これは夢だ。私の夢だ。 夢は己の願望を現すと言う。だが、私はこんなことを望んだ事など、一度もない。 後退りしながら、私は思った。ここにいる全員と、無意識にも手放していないこの傘で、刺し合うのか、私も。 この混乱で転がって濁ったカレー鍋の中に、私か、もしくは誰かの血を混ぜる事になるのか。 友人に傘で刺されるなんて… 何故、何故、何故…色々な考えが頭を廻る間にも、足元を流れる濁った水はどんどん増えていく。 夢である筈なのに、あまりにも生々しい、肉体的だけではない何か異様な痛覚を感じた私は「 とにかく逃げなければ 」と咄嗟に走り出した。気付けば耳に入ってくる音は、妙に水気を含んだ何かを刺す音と、悲鳴、そして私の段々と上がっていく息と、必死に地面を蹴る音だけになっていった。 さっきまで、陽気な音楽が流れていたのに 談笑も、街中の音も、声…人も…何もかもが普通だったのに。 気にしていられない、私は無我夢中で走った。とにかく今この状況から逃げなければと、本能の赴くまま傷を負った筈の足を動かし走った。 すぐ後ろには、振り向かなくてもあの友人が迫っている事が何故か分かった。 必死に走っている私の周りでは、もう私の両目だけでは認識が追いつかない、理解できない情景が広がっていた。 只々恐怖でしかなかった。 刺している、あの傘で人が人を、相変わらずの、あの目、あの顔をして。 「私」は、友人が見たこの何とも不可思議な夢の話を書き起こしながら、妙にしっかりと覚えているものだなと若干感心しつつも黙って静かに聞いていた。
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