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ゼロサム
盆の幻湖
十年以上も昔の話となる。
会社の先輩であるAさんと中学以来の友人Bと俺の三人で盆休みを使って
北海道旅行へと出かけた。
車一台、バイク一台…むさ苦しい野郎だけの貧乏旅行…
それでも、素晴らしいものになるだろうと
胸をはずませていた訳だったのだが…
上陸以来、立て続けに起こる怪異に戦慄した俺達は
畏怖の意味を込めて『北海道』を『北怪道』と呼ぶようになっていた。



07/18 01:39
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▼[7]ゼロサム
Aさんの息が荒い。恐怖の成分がたっぷり含まれてる。
Bは口を開く余裕もないらしい。
日が沈んで完全な闇が周囲に満ちた。
Aさんがキーホルダーとして付けている豆懐中電灯を点けた。
無いよりはマシだ!
その光が指し示す先へ、俺達は無我夢中で走る。
足場の悪い未舗装の道を何度も転びそうになりながら必死で逃げた。
行く手を阻む張り出した樹木の枝が露出した肌を引っ掻いてくる。
懐中電灯の明りが、行く時に跨いだ車止めのチェーンを照らしだした。

「あと少しだ!B頑張れ!!」

ラストスパート!
三人一斉に横並びの状態でチェーンを飛び越える。
その向うには俺のパジェロが…
リモコンでロックを外してドアを開けるとAさんまでも乗り込み

「バイクは朝になったら取りにくるからこのまま車を出せ!」

湖から這い出した奴らが追ってくるのではという恐怖…
もし、標本自身が収集者で管理者まで兼任しているとしたら…
ドアを閉め…施錠!
運転席に乗り込みキーを廻してエンジン始動!
AさんとBが助手席…
息を整える時間も無い!
二の腕から脹脛から悲鳴をあげている。
フロントガラスの向うは月も出てるし見事な星空だ。
おかしい…
逃げてるとき、質量すら感じるのではないかと思う程、
濃い闇の中を走った…月明かりなどなかったはずだ。
まるで…別の世界から、こちらへ帰還を果たしたみたいに…
砂利を跳ね飛ばし、俺は少しでもあの場所から離れようと
思いっきりアクセルを踏み込む。
2800ccインタークーラーターボディーゼルが唸りをあげた。
パジェロは弾丸のように真っ暗闇の道を疾走する。
民家が見えるまでスピードを緩めることなく…






後年、彼の地が立ち入り禁止区域を解かれ、
人気の観光スポットとなったことをネットで知って
動画や画像を検索して確認したのだが…
あの時と様相が…かなり違っていた…
というか…俺達が行ったあの青い湖と
まるで別の場所だった。
確かに、ネットで見た白金の青い池も
この世のものとは思えない…絶景と呼べる場所だったが・・・
俺達が見た…あの彼岸そのものの…青い湖は…

それから
湖の中に並ぶ人や動物達…
あれを写真に納める事が出来なかったことが
悔やまれてならない。







(了)
07/18 01:43
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▼[6]ゼロサム
「そろそろ車へ戻ろうぜ」

俺はAさんとBに声をかけたが、聞こえてないみたいだ。
肩を叩くと、びくりと身体を震わせ、二人は我に返る。
湖に魅入られていたようだ。
長く深い溜息がご両人の口から吐き出される。

「おかしいな、今まで傾いてはいても太陽はしっかり空にあったよな?
 なのに、もうすぐ日没だぜ?一気に時間が進んだみたいだ」

周囲の景色も湖水も赤黒い闇色に染まっている。
外灯なんてない…夜が間近に迫っていた。
急いで車に戻らないと…
Aさんを先頭に早足で湖を離れることにした。

「この周辺で宿営地を決めなくてはならなくなったな。
 車を停めたところでテントを張るのだけは勘弁だ」

「できればキャンプ場があればいいですね…熊が怖いし」

「この辺りの農家に頼み込んで
 納屋か軒先でも借りるくらいしかないでしょう」

「じゃあ、早足で車まで戻るぞ、転ぶなよ!」

最後に、闇の中の湖をもう一度見ようと…振り返ってみた。
湖岸から5mも離れただろうか…
湛えた水がぼうっと青く光っていた。
燐光のように…仄かな…動いている…風も無いのに…何が…

「Aさん!全速力で走れ!車まで絶対に止まるな!!」

「!?」

「奴らが浮き上がってきた!!」

俺が見たのは
水の中に並んでいた…夥しい数の人や動物…異形の化け物が、
一斉に水面へ顔を出したところだった。

「だめだ!絶対に振り返るな!恐怖で足が竦まされるぞ!!」

俺達の旅は…始まってまだ二日だが
ずっと…怪異に見舞われていた。
出なかったのは苫小牧市内にある民宿へ泊まった、上陸した晩のみ…
フェリーに乗り込む前…下船した港で…
苫小牧から富良野へ向かう踏み切り…
それから昨夜泊まった富良野のキャンプ場…

「また…今日も怪異と遭遇し………なの…か…」

07/18 01:43
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▼[5]ゼロサム
「熊…鹿…狐…鳥とかも…人間だけじゃなく動物もいるぞ」

「全部、死体なの…か?」

「生きているようには見えないな」

「湖に落ちた連中が溺れ死んだあと
 水温が低くて死蝋化した…という訳でもないな」

「アシカかオットセイみたいなのもいるぜ?トドみたいなものも」

「まるで標本として綺麗に陳列されている…ような…」

確かに、水中に整然と立体的に並べられている…ようにも見える…

「それが事実として…誰が、何のためにしているのか…」

青い水を湛える底知れぬ深い湖の中に…
北の大地…北海道に棲む全ての生物が集められているのではないか…
嫌な予感がする…
北海道…アイヌ民族はこの地をアイヌモシリ(人間の住む土地の意)と呼び、
古代から近代までの本州に住む人は蝦夷地、北州、十州島と呼んだ…
明治政府からは五畿七道の呼称に倣い北海道と名付け今に至る…
沖縄と同じで本土とはまるで違う文化を持ち…
アイヌという先住民が築いてきた神話体系もある…

「なあ、変なのもいるな…あそこに脚が五本のオオカミみたいなのがいる」

「双頭の狐や、三つ目のヒグマもいるな…なんだあれ?奇形種とか突然変異か?」

「ウェン・カムイかも知れない…簡単に言うとアイヌ神話に登場する悪神だな」

カムイ…八百万の神と同じく全てのものに神性が宿るという考え…
しかし、それとは根本がまるで違う…
出発点が違う…似て非なる…
悪神とウェン・カムイもまた…

「どんだけいるんだ水の中に…」

夥しい人や動物が湖の対岸までずっと続いている。
これらを標本として収集した奴がいるなら…
ここを維持し管理する奴がいてもおかしくない。
背中をゾクッと悪寒が走った。
立ち上がって深呼吸を数度繰り返す。

07/18 01:42
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▼[4]ゼロサム
奥に聳える濃緑の山々、
日が傾き、陰が存在感を増していく。
波ひとつ立たない完全な静水面…
太古に大地を闊歩した竜が骸となって横たわっている様な…
水中から天に向かって伸びる立ち枯れの樹木…
もう、これは人界の景色ではない。
まるで…
これは
彼岸…

「あ、なあ…見てみろよ…あれ…」

水際にいたBが水面を指差す。

「すごいよな…この世のものとは思えないよな」

「いや、そうじゃなくって…水の中…」

「あ?」

言われて足元を見る。
土…じゃ、ない…垂直に落ち込んで・・どこまでも…深い…
底がまるで見えない…立ち枯れの木ってどこから生えてるんだ…

「なにかいるぞ…」

俺の横…水面を指差すAさんの声が震えている…
人か?確かに人だ、水中に人がいる…一人や二人ではない。
しゃがんで青い水の奥を覗き込む。
頭に鉢巻、顔には刺青…前を打ち合わせる長衣…細い帯…手甲に脚絆…
鞘のある山刀を差している…典型的なアイヌ民族衣装
女もいる…マタンプシ(鉢巻)ニンカリ(耳輪)レクトゥンペ(チョーカー)
タマサイ(首飾り)、テクンカニ(腕輪)…
モウル(肌着)の上にチヂリ(刺繍を施した木綿衣)を纏った・・・
儀式や祭事で着るアイヌ民族の正装じゃないか…
他にもアットゥシやルウンペといった長衣…マンタリ(前掛け)をした男女もいる。
アイヌだけではない…
フランス式の軍服を着て大小を差し、背中に小銃を担いだ…蝦夷共和国の兵士か?
新政府軍の兵士もいる…松前藩士だろうか…侍もいる…
旧日本軍兵士もいる…現代人もいる…

07/18 01:42
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▼[3]ゼロサム
白樺の立ち枯れが青い水面から生えている幻想的な光景…
俺達が飯を食っている間に、爺さん…店主が湖までの地図を描いてくれた。
舞茸丼と山菜うどんで腹を満たした俺達は一路、
幻の青い湖を目指す。

『1988年の12月に噴火した十勝岳の堆積物による火山泥流災害を防ぐため、
 美瑛川本流に複数建設された堰堤のひとつに水が溜まった偶発的な人造池』

『美瑛川の水と水酸化アルミニウムなど白色系の微粒子が含まれた湧き水が
 混ざって分散し生成された一種のコロイドと水中に差し込んだ太陽光が
 衝突散乱して水の吸収による青色の透過光が加わり青い色に見える…
 と、言われている』

今、ネットで『美瑛』『青い池』と検索すれば神秘的な画像と共に
そんな記事も見つけられるだがろうが、
当時の俺達にとっては地図には載っていない神秘の青い水を湛える幻の湖…
描いてもらった地図を頼りに車を走らせる。
手書きの地図ではいまいち距離感が掴めず、
ホクレンのガソリンスタンドで貰った地図との整合性も…
それに原野だ…目印らしい目印もない。
Aさんの乗るバイクが俺の運転するパジェロの後ろをついてくる。
やっと、湖へ向かう道を見つけたのは午後3時を過ぎてからのことだった。
森の中へ続く未舗装路…
工事中により立ち入り禁止の立て札と進入禁止のチェーンが張られた先…
ここで車を下り、徒歩で向かうしかない。
盆休み中だから関係者はいないだろうが、熊は年中無休で稼動中だ。
熊除けの鈴を鳴らし、必要以上に大声で会話しながら
身ひとつで北の原野を歩く。
でかい図体のくせして忍者みたいなやつだからな熊…
鬱蒼とした白樺の森、奥へ奥へと続く道…
おっかなびっくり進む。
あった…
木立と木立の間、
自然界ではありえない色彩…
北海道の空よりも…濃く澄んだ青…
写真で見た…漆黒の宇宙に浮かび上がる地球の青…
言葉が出ない…
もっと近くで…湖の畔で
いい年した男三人が魅入られたように、歩いていく。
幻の青い湖。
俺達はついに来た。



07/18 01:40
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▼[2]ゼロサム
『日本本土から海峡を隔てて広がる北海道の奥地には
 未だ人が足を踏み入れたことのない原野が広がっている!
 その、北海道のほぼ中央!
 石狩国上川郡にある
 近隣の富良野と共に北海道観光地の代表とされる
 風光明媚な美瑛町の山奥に幻の青き湖は実在した!!』

田中信夫の名調子が幻聴となってAさんの頭蓋骨を直撃する。
幼い頃に観たあの『水曜スペシャル 川口浩探検隊シリーズ』…
1975年アメリカ製作のTVドラマ
『特別狙撃隊S.W.A.T』の緊張感溢れるオープニングテーマ…
猿人バーゴンが!魔獣バラナーグが!竜魚ガーギラスが!白いカンガルーが!
世代直撃!Aさんの三つ子の魂が呼び覚まされた。

「これは…川口隊長と泉●送製作さんのお導き…行くしかあるまい!!」

予定とか規則とかに結構拘るAさんが率先して行こうと言ってくれたお陰で
懐柔の手間が省けた。
俺もBも話を聞いた瞬間に行く気満々だ。
だって幻の青い湖だぜ!?
今日はオホーツク海まで出てサロマ湖畔で一泊する予定だったが、
美瑛で一日を費やすのも仕方なし!

「行こう」

「行こう!」「行こう!」

そういうことになった。






07/18 01:40
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▼[1]ゼロサム
富良野を後にした俺達一行…
美瑛町内に入って間もなく一軒の飯屋へ飛び込んだ。
怪異に遭遇し、その為に寝坊して…まだ、朝飯を食ってない。
田舎の道路脇でよく見かける果物の即売所に毛が生えた程度の粗末な木造建築。
店先には『名物天然舞茸』『新鮮山菜』なんて幟が立っている。
店主からお勧めだよと言われて舞茸丼と山菜うどんを注文したのだが…
天然の舞茸って今が旬なのか?北海道にしたって…なんか早すぎでは!?
栽培物だ…絶対に栽培だ!ホ●トとかそんな奴だ!
絶対!騙されてるぞ俺達!!
しかし、すでに頼んでしまった…もう、後の祭…
茸を焼く匂いが漂ってきてるし…

そこへ小柄な老婆が一人、椅子をえっちらおっちら抱えてやって来て
俺達のいるテーブルの横、お誕生日席に着いた。
この店を営む老夫婦の片割れ。
かなり退屈だったのだろう、恰好の話し相手を見つけたとにこにこ顔だ。
飯が来るまでこの老婆の話を聞くことにした。
いや、カウンターの向こうから…調理中の爺さんまでが話しに加わった。
夫婦して喋ること喋ること。
それで、なにかこの町に面白い場所はないかと訊ねてみたところ、
白樺の森の中に青い水を湛える幻の湖があると教えてくれた。
07/18 01:39
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