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ゼロサム
盆のキャンプ場 Rev.2.0
十年以上も昔の話だ。
会社の先輩であるAさん、俺と中学以来の友人で心霊スポット探検を同じ趣味とするBの三人で
盆休みに有給をプラスして十一日間の北海道旅行を敢行した。
車一台、バイク一台
むさ苦しい野郎だけの
全日程がのほとんど、キャンプ場での野営という貧乏旅行プランだったが、
俺達は素晴らしい旅になるだろうと
胸をはずませていたのだったが…

07/13 21:34
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▼[1]ゼロサム
深く暗い森の中、ウォッシュボード状のガタガタでゴリゴリな路面に悩まされ
片側が切り立った崖に面した狭い道を戦々恐々しながら進んだり
熊が出たらと怯え怯え、車から下りて道を塞ぐ倒木をどかしたり、
鉄砲水でもあったのか道が深く抉られ、
止むを得ず森の中、地面が固そうな進めそうな場所を探して迂回したり…
某栄養ドリンク剤のCM並な、
思っていた以上に艱難辛苦の四苦八苦だった。

それもなんとか乗り越えて
無事に100km林道を走破した俺達。
夕張を北上した後、芦別側からついに進入を果たす。
小高い丘を越え、目の前が開けて飛び込んできたのは
西寄りに傾いた太陽、青々と屏風の様にそそり立つ十勝岳連峰、
幾重にも花咲く丘の続く富良野盆地、
すり鉢状の底、空知川と富良野川…二つの川が合流しているところに市街地が見える。
北海道のへそ…美しさの中にノスタルジックな想いが込み上げてくる理想郷
俺達は旅行第一日の目的地、富良野へ着いた。

07/13 21:35
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▼[2]ゼロサム
苫小牧を出てから一度も会えず終いだったAさんと合流を果たすべく、
今日の宿泊地であるキャンプ場を目指す。
スキー場のゲレンデを利用して向日葵、ラベンダーが植えられ、

「あ〜あ〜あああああ〜あ♪ああ〜ああああああ〜♪ん〜ん〜んんんんん〜ん♪」

窓を全開にして爽やかな風を取り込んでいた運転席に飛び込んできたのは
『さだまさし』のアノ曲…1981年から1982年にかけて放映されたTVドラマ『北の国から』
その主題歌『北の国から〜遥かなる大地より〜』
本放送が終了してから何度もしつ…絶大なる人気によってスペシャルドラマが作られた。
それにしても…さだまさし…
そこら中から聞こえてくる…
いくら売りがそれだからと言っても、富良野市やりすぎじゃないだろうか?
発情期の猫だって流石に…これより控えめだ。
窓をぴっちり閉めてから俺とBは顔を見合わせ
お互い、唇を尖らせ、鳩が豆鉄砲食らったような顔をした田中邦衛独特の表情をして、
五郎お馴染みのセリフを言ってしまう。

「じゅ、純…ほ、ほたる…」

「みねっこぉ」

B…それは熱中時代だ…それに北野先生の出身は小樽市で、みねっこは礼文島だ。
Aさんもバイクを下りた途端にこの曲を聴けば五郎になりきって、
俺達以上に阿呆なセリフを垂れたことだろう。
加山雄三のライバル青大将的な…

07/13 21:36
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▼[3]ゼロサム
それはともかく、
無事、目的地でAさんと会うことが出来た。
テントを張って寝場所を確保し、市内へ出掛けて晩飯を食い、
キャンプ場近くに温泉施設を見つけて一日の汗と疲れを流した。

時間は午後八時…ちょいと早いが寝るとするか…
とは行かないのが野郎だらけの野営である。

「おつかれ〜!」「おつかれ〜!」「おつかれ〜!」

なみなみと酒が注がれたコッフェルをぶつけ合って乾杯し、
北海道上陸を果たした夜は出来なかった酒盛りを開始した。
肴は乾き物と缶詰だったが、今晩の主役は弩級のヤツだった。
昼間、思いがけない事で手に入れた銘酒『北の勝』を座の中心にドンと置く。
根室と釧路で全生産量の8割が消費されるという本州ではほとんどお目にかかれない幻の酒。

「見せてもらおうか、北海道が育んだ日本酒の味とやらを!」

どこかの赤い人みたいなセリフを吐くAさん。
俺は一升瓶の腹を指で弾き、オデッサの基地指令な声でBに問う。

「いい音色だろう?」

「は…、良いモノなのでありますか?」

「碓氷勝三郎商店だよ」

「マ様キタァアアアアア!!」

三人一息でコッフェルの中味を飲み干し、酒壜を奪い合うようにして自分の器へ酒を注いでいく。
飲む前から出来上がっていた。
富良野市内の洋食屋で黒いカレーと手作りソーセージを食いながら
黒ビールを中ジョッキで三杯乾してきたからな。
宵の口から始まった飲み会は深夜に及んだ。
途中から降りだした雨は日付が変わった頃からテント地を激しく叩きつける大雨となる。

「すごい降りだな」

「雨水を流す溝はテントの周りに掘っておいたが…これじゃ効かないかもしれないな」

雨が激しさを増すに反比例して口数が減っていく。
酔いも廻ってきていたが、雨音を聞きながらしばらく飲んだ。
午前一時を回って、Bが豪快にコックリコックリと船を漕ぎはじめたので
酒宴はお開きにして寝ることにした。
07/13 21:37
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▼[4]ゼロサム
ランタンの光度を最小にして寝袋に潜り込む。
酔いも手伝い、あっという間に睡魔がやってきた。
薄れ往く意識の中…

(なんだ!?)

激しい雨音にまぎれて意外な…それは、あまりに場違いなものが鼓膜を震わし、
俺の眠気が一気に吹き飛んだ。

「誰だ?こんな夜中に念仏なんか唱えてるヤツは?」

Aさんの声…そうだ、念仏だ…確かに聞こえる…
寝袋からBも顔を出し、聞き耳を立てて様子を窺っている。
全員が…雨音に掻き消され…途切れ途切れの念仏を聞いていた。

「ここからは少し遠い…な」

「仏教はまるで詳しくはないが…あれは念仏だと思う…」

少しずつ声が大きくはっきり聞こえるようになってきた。
近づいてきている…深夜のキャンプ場を雨の中…念仏を唱えながら歩いてくる人間…
声…若干のズレがある…いくつもの声が被っている…
一人ではなく複数で唱えている…

雨が降る闇の中、念仏を唱え一列縦隊で進む笠に墨染め…僧形の集団…
脳裏に浮かんだ不気味な光景…

そこに、俺達のいるテントのすぐ近くで沁み入るような鈴の音…
激しい悪寒が全身を襲った。
思わず両手で身体を抱きしめるようにして擦り、
冷気を払おうとしたのだが余計に寒さが募る。
マイナス10度まで使える寝袋の中で強烈な寒気を感じている。
なんだ…あの、鈴の音…
息を吐けば白くなるんじゃないだろうか。
悪寒だけじゃない…気温が急激に低下している…まだまだ下がり続けている。
目の表面が渇いて開けていられない。
鼻の奥がつんと痛くなる。
口の中がカラカラに渇いて…
耳が、聴覚だけが雨中の…周囲の音を拾い…脳に絶えず情報を送り込んでくる。
ぬかるみの中…泥濘を蹴立て…近づいてくる足音…
朗々と唱えられる念仏…
キャンプ場の入り口付近…
07/13 22:05
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▼[5]ゼロサム
念仏と足音に混じり、
何かで地面を叩く音…金属が擦れ合う音…が聞こえる。

「地面を叩いた後、幾重にも金属が鳴る音が聞こえてくるだ…ろ?」

「ええ」

「あれって錫杖で地面を撞いているんじゃないのか?」

錫杖…錫杖…錫杖か…Aさん詳しいな。そう言われてみれば…そんな気もする…


錫杖とは銅や鉄などで造られた頭部の輪形に遊環(ゆかん)が6個または12個通してあり、
音が出る仕組みになっている。
このシャクシャク(錫々)という音から錫杖の名がつけられたともいわれる。
仏教の戒律をまとめた書である『四分律』『十誦律』などによれば、この音には僧が山野遊行の際、
禽獣や毒蛇の害から身を守る効果があり、托鉢の際に門前で来訪を知らせる意味もあるという。
教義的には煩悩を除去し智慧を得る効果があるとされる。
錫杖の長さは通常170cm前後であるが、
法会、儀礼の場で使われる梵唄(ぼんばい)作法用の柄が短いものもある(手錫杖)。


「あの足音…靴が立てる足音じゃないよな…」

俺達は寝袋に首まで潜り込みながらも…全員、しっかりと耳で外の状況を探っていた。

「念仏の声…足音のどちらも…確実に…近づいてきてる」

そこでまた、鈴が鳴った。
今度は遠い。
あの足音の主が持っているものと思っていたのだが…
違う…キャンプ場の敷地内…俺達のいるテントの間近で聞こえたり、遠くから聞こえたり…
また、場所を変えて鈴が二度、三度と鳴る。
鈴自体が意思を持ち、キャンプ場の敷地を飛びまわっているかのように…
俺達は確実に怪異に魅入られた…
そう思うしかない。

「B、塩だ!盛り塩やるぞ!!」

覚悟を決め、俺は寝袋から抜け出で、昼間使った食塩の袋を探す。
打ち勝つ事は無理だろうが…
時間切れ引き分け狙いなら…まだ、こちらにも分がある。






07/13 22:16
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▼[6]ゼロサム
昼間、踏み切りで使った食塩の袋を探す。
たしか、戻したんだったか…
調味料や食器を入れる収納ボックスから見つけて、出入り口の両側に、皿へ円錐状に盛ったものを置く。
昼間、遭遇した怪異に対し、いくらか効果があった様に見受けられた。
塩は古来より神聖視され穢れを祓い清めるという見方をされているし…
今回も効果があってくれるとありがたい…
応急処置的盛り塩作りを終えた俺は、自分で持ってる分に一掴み取り

「B!塩だ…一掴み取ったらAさんにまわせ!」

隣で寝袋から顔を出して俺がやってることを見ていたBに食塩の袋を渡す。
Bも塩を一掴み取り出して、Aさんへ袋をまわした。

「あれ、生きてるヤツじゃないこと決定…だ…よな…」

「生きてるヤツじゃない!?」

立てた膝に顎を乗せて座る、出入り口を見つめたままのBが呟いた。
俺達は脱いだ寝袋をひざ掛け代わりにしてテントの中心へ身を寄せ合って座っている。

「今の人間が好き好んで草鞋なんて履かないから…」

「なんだ草鞋って?」

「ウチの地区では秋祭りの時に草鞋を履き、
 編んで作った藁鉄砲を担いで豊作祈願に各家々を回ることをするんですよ
 雨天決行で…その…雨の中、土の地面で草鞋を履いて歩くと…あんな足音になるんです…」

「なるほど、確かに靴音なんかじゃないな…」

「思ったのだが、念仏…一行な、ゆっくりだが一直線に俺達のテントを目指してる
気がしないか?」

キャンプ場の敷地は広い。俺達は到着が遅かった為、立地条件が悪い場所しか空いてなかった。
水場からも駐車場からも遠く、トイレに近い端の傾斜地…
仕切りになっている垣根が植えられて、
テントを張る為に打ち込むペグが根っこが邪魔をして、なかなか地面に刺さらなかった。

「認めたくないが…たしかにこっちへ向ってきている!」

「なぁ…もっとそこら中に塩盛った方がいいんじゃないのか?」

07/13 22:45
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▼[7]ゼロサム
俺とBは心霊スポット探検などを趣味としているから、
怪異との遭遇はそれほど珍しいものではない。
Aさんは俺達から話を聞いただけで一度も怪異と遭遇したことはなかった。
だから、念仏や足音…鈴の音を聞いても半信半疑だろうと思っていたのだが…
真顔で提案してきた。
Bが言った『生きてるヤツじゃない』ことを肌と直感で理解したようだ。
俺とB、Aさんは手分けして…持てる塩を全て使い…
テントの四隅やらカンテラの笠の上にまで塩を盛る。
テントの床は毀れた塩でべたべたになった。
外のアレが中に入ってくるのを阻めるか…
なめくじ相手にならパーフェクトな布陣であること間違いなしなのだがな。
あと出来るのは…残った清酒を撒くか…祝詞を唱えるか…
ついに、足音は俺達のすぐ前までやってきた。
AさんとBがもっとテントの中心へ寄ろうと身体を押してくる。
薄いテント生地のすぐ向こう…何者かがいる気配がビンビン伝わってきた。
地の底から搾り出されるように唱えられる念仏…
寝袋を首まで引き寄せ身を固くして身構える。

念仏と足音が、ぴたりと…俺たちがいるテントの前で止まった。
雨音さえ消える静寂…全身の毛が逆立つ。
あまりの恐怖で悲鳴さえ出すことができない。

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

外にいる奴等はテント生地を通して中を窺っているようだ。
刺すような視線を感じる…
時間にしてどれくらいだったろうか…十秒…一分…

鈴が鳴った。

07/13 22:51
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▼[8]ゼロサム
テントの外で気配が揺れる。
鈴の音に反応した…みたいだ。
念仏を唱えながらゆっくりと奴等は…震えながら出入り口を睨む俺の右側へ
テントを回りこむように移動を始める。
錫杖が地を撞き…宙に踊る遊環が擦れあう。

真上…俺達のいるすぐ上であの鈴が鳴った。
テントの頂上部分が何か重みを受けているようにへこんでいる。
僅かに体重があるのか…
念仏を唱える何者か等は…テントを囲み、時計回りに移動を続ける。
時折、錫杖を地面に突き立て…12本の遊環が踊り、激しく凛と金属音が鳴り響く…
ぬかるみを踏み、歩み続ける草鞋履きの足音…
止むことのない念仏…
生きた心地がしなかった…

俺達はただ…夜が明けるのを待つ…
AさんもBも何も言わない動かない。
テントの上にいる何かの視線を感じて俺は上を見た。
テント生地を突き抜けて俺を確実に視線は捉えている…
たぶん、逸らすとアレは中へ入って来る…
確信めいたものがあった。
怖い怖いと怯えながら
怖い怖いと慄きながら
真上を睨み…そろりそろりと圧し掛かってくるような重圧に耐え続ける…
闇が一番濃い時間を過ぎ…
黒一色だった世界にゆっくりと色が取り戻しはじめた。
朝がくる…
一秒一秒…過ぎていく。
テント地の外が白々と…
そして、ついに黄金色の輝きが…
朝日が闇を払拭する…
真上から受ける視線…
テントを上から押す重みが消えた。
周囲を廻り続けた草鞋履きの足音も、錫杖を撞く音も、
次第に聞こえなくなっていった。

07/13 23:04
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▼[9]ゼロサム
緊張が解けた。
もう、やつらがいないと納得した途端、全身の力が抜けて俺は横倒しに倒れた。
気力を使い果たしていた。
床にばら撒かれてべたつく塩など気にもならなかった。
眠気がやってきた。
瞼が重くて抗いきれない。

そして、周囲が色彩に包まれていくのと相反し、俺の意識は漆黒の闇に呑まれていった。
Bに体を揺すられ、目覚めたのは午前9:00を幾分か過ぎてのこと…
雨は上がって外は爽やかな快晴となっていた。
昨夜のことが嘘だったみたいに…

結局、アレがなんだったのかは分からない。
念仏の一団も…鈴の持ち主のことも
ただ…どちらも、人間では…の世のモノでないことは確信している。
俺たちがテントを設営した場所…
敷地の境界に植えられた垣根のすぐ横に張ってあった。
だから、人がテントの周りをぐるぐる廻れるような隙間なんてどこにも無い。
それなのにアレ達はグルグルまわり続けていた…
俺達に何か用があったのか…
なぜ、テントの周囲を回る必要があったのか
ただ…ここには長居はしたくない…それは確かなこと…
俺達は朝食も摂らず
恐怖の一夜を過したキャンプ場を後にした。





次は美瑛町を経て旭川へ向かい、旭川ラーメンを堪能してから
サロマ湖を本日の最終目的地とし、湖畔にあるキャンプ場に泊まる予定だ。
何事も起こらなければいいのだが…








(了)
07/13 23:06
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