怖い話投稿板

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怖い名無し
冬木立
今にも泣きだしそうな鉛色の空の下、葉を落とした木々が北風に吹かれている。
ランチタイムの繁忙が過ぎて客がいなくなった喫茶店の、
一番奥にある窓辺側の喫煙席で、
週刊少年漫画雑誌を読みながら、俺はコーヒーを啜っていた。
住んで十年以上になるアパートから一番近い喫茶店。
何の用事も見つからない休日の午後は決まって、俺はここで暇を潰す。
日が落ちて晩飯の心配をする時間まで。
『Simon & Garfunkel』の『The Sound of Silence』のイントロが静かに流れはじめる。
テーブル上の灰皿は吸い殻で小山が築かれていた。
すっかり冷えてしまったコーヒー…店員が注ぎ足していってからしばらく経つ。
アコースティックギターのみの美しい旋律と溜息を漏らすような歌いだし、
読み止した漫画雑誌腕を膝に置き、腕を組んで目を瞑り耳を傾ける。
映画『卒業』のテーマ曲でもあった。
教会からベンと花嫁姿のエレーンが手に手を取って飛び出してバスに乗り込むラストシーン。
乗客はなぜか老人ばかりで、最後尾の座席へ腰を下ろし…
周囲の視線を集める中、二人の顔から笑みが消える。
前を向く視線は宙をさ迷い、表情は厳しく…
二人を乗せたバスは走り去っていく。
そこでこの曲が流れる…
未来への不安…戻ることは許されない現実、覚悟と諦め…
俺には出来なかった…
考えてしまう、今までよりも長い茫漠たる時間を二人で過ごす重圧…
俺に彼女を守る力が無いことに気がつく。
俺に彼女を包む強さがないことに呆然となる。
金銭的、物質的な幸せを彼女に齎してやることのできない甲斐性の無い自分に…
彼女の心変わりが怖かった。
俺はそれを誰かに背負わせることにして逃げた。
韜晦と逃避で出来た鎧を着込み、
悲しみと後悔が、以降の…俺の心に降り積もっていく。
重苦しさと静寂の中で語られるおとぎ話。





12/13 14:21
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▼[1]怖い名無し
その時、入口のドアベルが小気味良く鳴り響く。
マスターの出迎える声、そこで終わらず客と二三の言葉が交わされる。
渋みのあるバリトンに温かみを感じる…暫く顔を出さなかった常連だろうか。
入口に背を向けて座る俺からは見えない。
そこで突然、俺の名が呼ばれた。
心臓が激しく鳴った。息が詰まり胸が苦しくなる。
忘れていた声…いや、忘れたことなどなかった声、忘れられぬ声…
振り向いた俺の瞼が極限までに開かれる。
苦笑いをして見送るマスターを背に、
コツコツと靴音を鳴らして勢いよくこちらへやってくる。
僅かに内向きの入ったベージュのセミロングが揺れて宙に舞い、
力のあるヘイゼルの瞳、強い笑みの浮かんだ唇からは片八重歯が覗いていた。
すらりとした長身にフォックスファーが付いたムートンコートがとてもよく似合っている。

「綺麗だ。あの時のまま時間が止まったように、まるで変わっていない」

「京ちゃんなら、そう言ってくれると信じてた♪」

十年前に別れた彼女が以前と変わらぬ姿のまま、俺の目の前に立っていた。




温かく光満ちていた夢の中から突然、追い出された。
身を起こして室内に異変がないかを確かめる。
暗闇の中、家電に付けられたLEDの放つ緑の光点。
枕元で充電中の携帯電話。
僅かな唸りをあげるエアコンの作動音。
俺の隣で安らかに寝息を立てる明里を認めて安堵の溜息を吐く。
あれから一ヶ月が過ぎた。
馴染みの喫茶店で再会した俺と彼女はマスターに見送られて店を出ると、
二人で当時、金があると良く行った洋食屋へ向かい、思い出話に花を咲かせた。
夜も更け…帰りたがらぬ彼女を誘うと俺の部屋までついてきて、
明け方に別れも告げず出ていった。
高学歴で良家に生まれ育った見合い相手を選んだ彼女を
いつまでも忘れる事ができず、在りし日の思い出残るこの街に棲み続けている。
いないと分かっている彼女の姿を探し求めて…
未練を引きずる俺とは違って、彼女は別れと同時に余韻もなく角を曲がり、
立ち尽くす俺の姿を視界から消した。
何故にと問いたい。
何故、今頃になって…
耳に残る薄明りの中でのろのろと衣服を身に着ける衣擦れの音…
指と唇に残る彼女の肌の感触と、鼻腔に残る彼女の香り…
そこに答えがあったのだろうか…





12/13 14:22
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▼[2]怖い名無し
喉の渇きを覚え、俺はベッドから出ようとした。
その時、短い廊下へ出るドアが開いていることに気がつく。
淡い燐光に包まれた一糸纏わぬ一人の女性が立っていることに気づく。
まだ、俺は夢の続きを見ているのだろうか…
浮かぶべき恐怖がまるで湧き上がってこない。
女性は項垂れ、髪に隠れて顔は見えない…
僅かに垂れた大きめの乳房、二の腕に腰に太ももに肉がつき、
だらしない印象を受ける体形…赤く下腹部に走る帝王切開の痕。
なぜか俺はそこに彼女を見た気がして…
痛みを覚えるほど冷えた床。
近づく俺に気がつき、女性が顔を上げた。
淡い光に包まれた相貌が明らかになる。
悲鳴をあげそうになった。
閉じた両の瞼に太い釘が刺さっている。
頬から首、肩へ流れたような黒い染み…両耳が削ぎ落されたように無く、
引き結ばれた口が太い糸で縫われていた。
唇からはみ出した片八重歯…

「その女性(ひと)に触っちゃだめ!」

背後から鋭い声が俺に飛んだ。
いつの間にか起きていた明里のものだった。
しかし、これは…変わり果てているとはいえ、これは彼女だ。
彼女に違いない…
それに触れるなと明里の言葉…
目も耳も口も塞がれた顔で、気配で誰かを探すような素振りをみせる彼女…
抱きしめられる距離にいるというのに…

「それに触れては…行ってはだめ!」

戸惑っている間に彼女は淡い光の中で形を崩し、
消えてしまった。







12/13 14:22
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▼[3]怖い名無し

コーヒーから立ち上る白い湯気。
店員が中身の減ったカップへ注ぎ足し、去っていった。
馴染みとなった俺のアパートから一番近い喫茶店…
テーブルの向かいに俯いて座る明里。
一週間、連絡つかずだった彼女にメールで呼び出されたのだが、
ここに来て挨拶以外、互いに言葉を交わすことなく無言のままでいた。
あの夜の出来事について…だ。
言い出しづらいのだ。
部屋の中に突然現れた十年前に付き合っていた彼女の事を
あの夜に明里へ語って聞かせた。
何もかも…再会してあの部屋で彼女と一夜を過ごしたことも。
再会した時は十年前と変わらぬ姿をしていたのに…
惨たらしく傷つけられた相貌…
脳まで達していただろう瞼の上から打ち込まれた釘…
削がれた耳と太い糸で縫いつけられた口…

「彼女はもう、死んでいるということなのか?」

幽霊…いままで存在を信じたことがなかったが…考えたこともなかったが…
あの夜に見たのは…いや、再会した時点で彼女はすでに…
そういった類のモノになっていたのだろうか…

「…生きて、いると思うよ…」

”やっぱり…この部屋に女の匂いがすると思ってたんだ…”
と言う女の声を明里はあの夜に聞いたそうだ。
京ちゃんがわたしと付き合っている時も他の女の匂いがしていた…とも。

「たぶん、目も耳も口も必要が無くなったのだと思う…」

見ることも聞くことも喋ることも…それは死んでいると暗に言っている事じゃないか。
明里は違う違うと頭を振った。

「彼女を探すのはやめてあげて。
 男性と違って女には過去なんてないの…今があるだけ…」

明里はそう言うと、目から溢れた涙をハンカチで拭う。
他に何を聞いたか…知らされたか…これ以上、明里は語らなかった。
すすり泣く明里から、俺は窓の外へ目を向ける。
葉を落とした木々が鉛色の空の下、今日も風に吹かれて寒そうにしていた。




(了)




12/13 14:23
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▼[4]怖い名無し
丁度ようつべで『The Sound of Silence』のLive版聴いてた時に投稿されてたw
12/13 16:44
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▼[5]怖い名無し
↑それって、なんでこんな時に喝采起きるんだ?って不思議なとこあるやつ?
なんか読んでる間ずっと頭の中で歌が繰り返してた。
卒業久しぶりに観たくなったな。
12/13 19:34
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▼[6]4
>>5
うん、多分それだと思う
やっぱり悲哀を帯びた話に悲哀を歌った曲は合うんだよね
この時期になると、
「Neil Young - Heart of Gold」
「Dream Theater - The Spirit Carries On」
「Bruce Springsteen - The River」
とか聴きたくなるんだ
Jバラードとはまた違う哀愁が在るのです
12/13 20:47
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▼[7]怖い名無し
横入りごめんなさい。私は山崎まさよしさんの『One more time, One more chance』かな?


12/13 21:21
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▼[8]怖い名無し
>>6

アコギとハーモニカはもうボロボロと泣けと言っているようなものだな。
おすすめ全部見てなんか一周して変な賢者タイム入ってしまったよ。

12/15 21:52
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▼[9]怖い名無し
切ない…元カノは何を伝えたかったのかな。
今カノは何か聞かされたのだろうけど喋らないし、探すな言うしその辺りになんていうか嫌なもの?同情しながら譲らないとか複雑な…そんな風に感じた。
12/17 22:14
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