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いさ◆aDEH0ftpNO
「ホッチキス」

東京でOLやってるお姉ちゃんが、先輩のY子さんに聞いた話。



Y子さんには好きな人がいた。
お隣の部署のやり手イケメン、M弘さんだ。
M弘さんにはK美さんという直属の部下がいて、どうやら彼女もM弘さんのことが好きらしいという噂だった。
とは言え、付き合っている訳でもない。
Y子さんは気にせず猛アタックしてたんだって。
お昼に誘ったり、帰る時間を合わせたり、差し入れ持ってったり。
正直、K美さんは地味でぱっとしなかったし、負けるはずがないと思ってた。
相手が気弱なのをいいことに、会話に割って入ってそのままM弘さんを独り占めなんてこともしばしば。
嫌がらせという程酷く当たったつもりはなかったけれど、残業しているK美さんを横目に、よくふたり連れ立って退社したりしてた。
それこそ、「お夕飯何処で食べます〜?」とかなんとか、楽しげに会話しながら。


で、その日もY子さんはM弘さんと食事に行ったんだけど。
食後、駅でM弘さんと別れてから、会社に忘れ物をしたことに気が付いた。
無くても大して困らないものだ。
明日にしようかなと思いつつも結局取りに戻ることにしたのは、ふと残業中のK美さんの様子でも見てやろうという意地悪心が芽生えたからだった。
話題のパスタ屋さんにM弘さんと行ってきたの〜なんて話をして、優越感に浸るつもりだった。


会社に着くと、K美さんの部署のある部屋はやっぱりまだ電気が点いていた。
Y子さんは、驚かせるつもりでそっとドアに近づき、「あれ?」と立ち止まった。
キーボードを叩く音が聞こえない。
代わりに響いているのは、パチンパチンというホッチキスらしき音だ。
資料でも綴じてるんだろうか?
K美さんは大体いつもパソコンとにらめっこしてるから、てっきり今日もそうだと思ったんだけど…。
こっそり室内を覗いてみる。
K美さんはこちらに背を向けて、自分の席に座ってた。
他の社員はもう帰ってしまっているようだ。

パチン、パチン。

さっきからずっと、止むことなく規則的に鳴り続けている音。

パチン、パチン。

K美さんはほとんど身体を動かしていない。

パチン、パチン、パチン、パチン、パチン、パチン、パチン、パチン、パチン、パチン、パチン、パチン、パチン、パチン、パチン、パチン。

ーーおかしい。

Y子さんは首を傾げた。
資料がそんなにあるとしても、一冊につき1〜2ヶ所ホッチキスで留めた後は、次の紙束を取って揃えるという動作が入るはずなのだ。
それなのに、K美さんの背中は動かない。
こちらから見える範囲では微動だにしていないと言っていい程で、明らかに「ホッチキスで留める」以外の動きはないように思えた。

パチン、パチン、パチン、パチン。

一冊の資料を必要以上に留める意味なんてあるだろうか?
めくり難いし、備品の無駄だし、針が増える分ちょっと危ない。

パチン、パチン、パチン、パチン。

じゃあ、何故、何を、
K美さんは一心不乱にホッチキス留めしているんだろう。

パチン、パチン、パチン、パチン。

急にK美さんの行動に狂気じみたものを感じて、Y子さんは忘れ物も持たずに会社を飛び出した。
関わってはいけない。そんな気がして仕方なかった。


01/22 13:50
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▼[1]いさ◆aDEH0ftpNO

次の日。
一晩経って冷静になったY子さんは、見下していた同僚を怖がってしまったことに苛立ちを覚え始めていた。
この先優位を保つためにも、K美さんが昨夜何をしていたのかはっきりさせて、「なんだ、こんなことか」と笑い飛ばさなければいけないと思った。
そこで、M弘さんに頼んで彼女を夕飯に誘ってもらうようにした。
確実に定時で帰らせて、机を漁るのだ。
M弘さんの部署では要領の悪いK美さん以外で残業する人は稀だから、まあなんとかなるだろう。
もし誰かに見られたとしても、忘れ物を取ってくるよう頼まれたと言えばいい。


その日、Y子さんはそわそわと少し居心地の悪い思いをしながら過ごした。
定時になってからも暫く仕事を続け、ゆったりと片付けをしてから、頃合いを見て隣の部署に向かった。
K美さんがいつになく急いで退社したのは確認していたし、幸い他の社員も帰った後だった。
机の上にあるのはパソコンとペンスタンドくらいなのでスルー。
ひとまず、机の引き出しを片っ端から開けていく。
程なく、それは見つかった。
一番大きな収納スペースにあった、ポケット式のピンクのファイル。
その最後のページに、証明写真くらいの大きさの四角い紙が幾つも保管してある。
異様なことに、そのどれもが紙の表面が見えない程のホッチキス針で埋め尽くされていた。
実際は、紙だと判断するのにも時間がかかったくらいだ。

「うげ、なにこれ〜」

気味悪く思いながらも、針の塊を机上にバラ蒔くY子さん。
数えてみると、それは25個あった。
奇しくも、その時のY子さんの年齢と同じだったらしい。
ひとつ摘まみ上げて、Y子さんはあることに気付いた。
紙が2枚重なっている。
ただ無意味に針を刺していたのではなく、通常の用途通り何かと何かを留めるためのホッチキスだったということだろうか。
何をそんなに念入りにくっつけてあるのか気になって、Y子さんは針をひとつずつ取り除いてみることにした。
ただし、家に持ち帰ってからである。
万が一誰かに覗かれては、Y子さんの方が変な目で見られかねない。
ホッチキス針の塊を二個拝借して、残りとファイルを元通り引き出しにしまって会社を出た。


帰宅したY子さんは、早速針の除去作業に取りかかり…
そして、戦慄した。
針が減っていくにつれ、嫌な予感はしていたのだ。
一枚目はK美さん本人の写真だった。
自分の顔の上に何度もホッチキスを通すことだけでも十分オカシイが、そのくらいはまだいい。
それが重ねられていたのは、Y子さんの社員証写真の複製の上だった。
震える手で針を取り除いたふたつめの塊からも同じように、K美さんとY子さんの写真が出てきたという。

01/22 13:53
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▼[2]いさ◆aDEH0ftpNO


「それからさ〜、Y子先輩変わっちゃったらしくてね?あ、私が入社した時には既に暗かったんだけど。‘ちょっと前まで肉食女子!って感じだったのに’ってのは、先輩たちみんな言ってたな〜」

盆や正月でもないのに、土日を使って久々に実家に帰ってきたお姉ちゃんは、あたしにそんな話をしてケラケラと笑った。
チューハイがもう3缶は空いているから、酔っているのかな。

ホッチキスの一件以来、Y子さんは暗く地味に振る舞うようになったらしい。
逆に、誘われたことで自信をつけたのか明るくなったK美さんは、急速にM弘さんと親しくなり、恋人関係になってしまった。
今はもう別れているそうだが、お姉ちゃんもふたりが腕を組んで歩いているところを目撃している。

「Y子先輩が退社する時、私に言ったんだ。‘K美に気を付けろ’って。そんで、この話してくれたの」

らしくないショッキングピンクに塗った爪を眺めながら話すお姉ちゃんに、覚える違和感。

「どう?あんたから見て、私ってやっぱ変わっちゃった?」

答えはイエスだ。
少なくともあたしの知ってるお姉ちゃんは、人のことを‘暗い’だなんて表現しなかったし、‘あんた’なんて二人称も使わなかった。
人の不幸を笑い飛ばすようなこともなかったし、絶対今みたいに胡座なんてかかなかった。
あたしは何も答えなかったけれど、お姉ちゃんは「やっぱか」と呟いて、財布の中から取り出した何かをテーブルにそっと置いた。

「私今、K美先輩と好きな人かぶってんだよね〜。多分」

ホッチキスの針の塊がひとつ。
K美さんは今頃、お姉ちゃんが毎日愛飲していた紅茶でも嗜んでいるのかもしれない。
行儀よく、背筋を伸ばして。

(了)


01/22 13:55
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▼[3]採点おやぢ◆HyQek4FZuf
70.46点
01/23 01:52
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