会員の体験談です。
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体験談
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匿名
言友会に思うこと
 豊橋での吃音相談会に初めて参加して言友会のお仲間に入れさせて頂くことになりました。豊橋での相談会ではこんなにも多くの人が吃音で悩んでおられるのかというのが率直な感想でした。今まで自分の周りには誰一人と吃音者はいなく孤独で悩んでいましたが、相談会の後の飲み会では言友会の皆さんとざっくばらんにお話をして吃音に対して屈せることなく明るく前向きに生きている姿を見て、自分も吃音から逃げないで正面から向かっていこうという気持ちになりました。
 私は小さい頃から人と話すのが大の苦手で、また幼少の頃は他の子と比べて言葉を発するのが遅くて脳波を調べてもらいました。結果は正常で特に問題はなかったのですが、その後も小学1年生の頃まで「ことばの教室」に通ったりしていました。吃音というより明瞭な発音が出来なかったというような記憶があります。吃音を意識したのは高校時代からだと思います。それまでも吃音があったのかもしれませんが、全然そういう意識はなかったようです。そんな訳で自分から積極的に人に話しかけていくということもあまりなく、友達も少なくて暗い青春時代を送っていました。社会人になり最初の5年間は自動車部品メーカーでの機械加工の仕事をしていて、一日中機械と向き合っているような仕事でしたので特に話すことにおいて吃音であってもほとんど困らなかったのであまり気に留めていませんでした。その後、訳あって1年間専門学校に通い昨年の4月に転職しました。今の仕事は同じ部品メーカーで出荷・生産管理の仕事で主に倉庫内の作業が多いのですが、取引先との交渉業務もあり当然電話連絡が欠かせません。吃音者の皆さんも電話が苦手の方が多いですが自分もその1人で特に母音が言いにくく困ることが多々ありました。そのことで周りから言われたことはないのですが、いつ吃音のことを言われるか冷や冷やの日々を送ってきました。何とかしないといけない。もしかしたら仕事を変えさせられてしまうかもしれないという不安が強くなってきました。そんなときに言友会の存在を知りました。
まだ入会して間もないですが、言友会の人と段々と打ち解けてきました。
 言友会は吃音克服だけでなく他県の色々な地域の人や世代を越えた交流もあり、すごく良い会だと思います。自分をさらけ出しお互いの悩みをみんなで解決する。また同じ吃音者だから吃音にとらわれないその人の良さを感じることもできるのではないでしょうか。

09/11 12:58
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匿名
吃音とつきあう
 私は44才の男性会社員です。私の吃音は、小学校3年生の頃に友達が吃っていたので、それから少しずつ吃るようになってしまったように思います。中学に入り、2〜3年頃に‘いじめ’に遭い、毎日が恐怖感の連続でした。子供の頃から性格的に内向的でおとなしく、自分に自信がなく、常に劣等感を持っていました。
高校に入ると‘いじめ’もなくなり、吃音も日常であまり苦にすることなく、楽しい生活を送っていました。就職も自分の意志とあまり関係なく、何となく入社しました。それからですかね、吃音を強く意識するようになったのは・・・・・。「電話対応」・「顧客対応」・「店舗会の司会」等など、言葉が思うように出ないのでとても苦痛でした。特に電話での対応時に、最初の言葉が出ない。そのうち相手先から大きな声で「もしもし」「もしもし」と言ってくる。そうなると、恐怖感と緊張感でなおさら出てこない。何とか会社名を言っても、電話の向こうで笑い声が聞こえてくると、とても落ち込んでしまいます。でも何とか吃音を治そうと自分で練習し、岡崎市の吃音矯正院などに通いましたが、自分だけで話す時は上がらずに普通に話すことができます。しかし、会社に行くとうまく言えず、できるだけ話すのを避けるようにしてきました。何度も転職を考えましたが、妻の励ましや、関連会社への出向などがあり、出向先では吃音で困ることがなかったので、とても気持ち良く勤めることができました。その後、私の意志とは反対に転勤辞令があり、ショックが大きくて、2日間欠勤してしまいました。再就職先も見つからず、今現在の会社に勤務するに至っています。
最近の悩みは朝礼や終礼等です。また、家庭の方では去年、父が他界した事での法事等の挨拶です。こういう場面では、どうしようもなく憂鬱になってしまうのです。
そんな折りの昨年、豊橋での吃音相談会が「広報」に掲載されていましたので、参加することを決心しました。相談会に参加して、伊藤伸二氏の話を聞き、「吃音は治らない」と言われた時は、自分としては絶対治ると思っていたのでショックでした。でも、話しを聞いているうちに、吃音と上手くつきあっていこうと思うようになりました。この時、言友会に入会しようと決めました。今までの過去は忘れ、言友会に入会し、少しでも吃音が良くなるように考えていこうと思いました。入会して、豊橋例会に2回程参加しました。吃音についての相談、“上がらない”(平常心を失わない)ようにする方法、言葉の話し方など、とても参考になることばかりでした。私が今後、豊橋例会を担当する時にやってみようと思うことは、例えば、目的に合わせた場所作りをして実際にやってみる。そして場馴れを経験する。そしてともかく何回も繰り返しやっていけば、少しずつでも吃音が良くなっていくと思います。みんさんと一緒に頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。                     

09/11 12:52
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匿名
言友会に入って変わった事
 皆さん、こんにちは。私は小学5年から吃るようになり、うまく喋れない事にコンプレ
ックスを持つようになりました。高校生から20歳の頃まで、名古屋の例会に参加していました。しかし今の会社に就職してからは例会に参加する機会もなくなり、音信不通の状態でした。去年の夏に会長から手紙があり、豊橋でも例会がある事を知りました。私は以前から、会社での生活や友達との付き合い、結婚の事で、ちゃんと喋れたらいいのにと思っていました。この機会にまた言友会に参加してみようと決心して、豊橋の例会に参加しました。
初めての参加なのに、皆暖かく迎えてくれてとても嬉しかったです。皆吃音で苦労しているけど、それに負けずに一所懸命に、明るく生きている事に感動して、その場で改めて入会を決意しました。「ゆっくり、落ち着いて話せばいい」とわかっていても、気持ちばかりが焦ってチグハグしていましたが、例会に参加していくうちに、腹式呼吸の実践等でコツをつかんでいき、少しずつですが人前でも喋れるようになってきました。昔は避けていたドライブスルーにも迷わずに入っていけるようになりました。たまに人から吃音のことで冷やかされる事もありますが、「これでも、良くなった方だよ」と言い切れるようになり、前向きにとらえられるようになりました。自分に自信が持てるようになりました。今でも、吃音のハンディはあるものの、会社でも友達の前でも堂々と振舞っています。
また、会社以外で友達ができ、仕事やプライベートの事を話したり、自分の知らなかった事を吸収できることも価値的だと思いました。特に同年代の仲間ができて、例会に参加するのが楽しみになりました。
拙い体験談ではありますが、以上で終わります。ご清聴ありがとうございました。

(2003年11月16日 「豊橋・吃音者のつどい」の体験談発表より)

09/11 12:51
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匿名
“孤独”からの解放
 幼少期に吃音を自覚した人、思春期から吃音に悩んでいる人、成人後の社会に出てから吃音に悩み始めた人・・・。また、その症状・年齢・立場も様々・・・。
 私も、自身の苦しみから藁にもすがる気持ちで、言友会のホームページにある “アンケート”を通じてアプローチさせて頂きました。早速、ペテロさんから間髪入れず返信のメールを頂き、ほとんどは例会参加前からお二人の“仲間”を受け入れて下さる気持ちに打たれ、入会を決めていたと言っても過言ではありません。
 私の吃音状態は、自身の名乗りの発語困難にあります。あるいは、全く出なくなる事もあります。特に、皆さんも同じようにお悩みの電話や自己紹介等、自身を姿の見えない相手または初対面の人に自分は何者であるかを伝えなければいけない時に、こうした状況になるのです。他、電話に限ってですが、“おはようございます”“有難うございます”という母音から始まる言葉が出づらいと感じております。
 現在は、企画的な仕事に就いており、以前の営業職時代に当たり前のように朝から頻繁に電話しなければならなかった事は今は無く、部下もできた今、上席者である自分自身が自ら外線電話を積極的に取る必要はなくなりました。しかし、会社の慣例として“(会社名)・(氏名)です”と電話に出なければならず、現在もこれがどうしてもできなくて、これを克服するために言友会へのアプローチを決めたとも言えます。
 現在のこうした症状から、以前の転職前の会社では会社名が言えなかったり、こちらから電話をして折り返し電話を貰わなければならない時に名乗れなかったり、あるいは出張でのホテル予約で会社名までしか出てこなかったりと、顔から火の出るような恥ずかしい思い、名前を言えない情けなく自虐的な思い等、いっぱい繰り返してきました。そして、こんな事で悩んでいるのはこの世の中で自分以外の他、ほとんどいないんだろうなと、とても淋しい思いも感じておりました。
 そうした中、忘れもしないさる5月10日(金)会社の電話対応時、同様の状況が朝から私に発生し、その日はとても憂鬱な気持ちのまま一日を過ごしました。その

帰宅した夜、以前からアプローチをしようしようとずっと思いながら勇気が無く、出来ずじまいでいた“名古屋言友会”のホームページ・アンケート画面へこれまでの思いを一句一句入力、打ち込みました。そして、最後には返信が欲しい、と。      
 翌日、それはすぐ私の元へ届いていました。しかも、名古屋の会長と三河地区の代表からも “仲間”として受け入れたいというメッセージとして・・・。それからほどなく、例会に参加させて頂き、入会を決めました。
 そして、迎えた6月2日、入会後の最も心待ちにしていた行事の1つである伊藤伸二先生の講演「吃音と上手くつきあうには」の開催される日がやってきました。

 “変えることが出来るなら、変えていく勇気を”
“変えられないものは、受け入れる冷静さを”
“変えることが出来るか、変えられないものか、見分ける知恵を”

先生が、ホワイトボードに書かれたこの一節は、まさに私にとって吃音をいかに自分の中で捉えていくかを示唆してくれるものでした。やがて、開始時間となり、先生がお話しをご自身の自己紹介から始めます。そこで、まずおっしゃられた一言。「皆さんが言友会の中で、どういう立場の方たちか分からないと話しづらいなぁ。」と。そして、吃音者の人達、吃音を研究する人達、それ以外の人達の3タイプの参加者がいる、と認識されてから先生の勢いのあるお話しが始まり、参加者の人達に色々な質問をしながらやがて私を含め、皆、そのお話しに惹き込まれていたと思います。気がつけば、休憩時間に財布の中身と照らし合わせながら、先生の書かれた本を買っている私がいました。そして、あっという間に講演は終了の時間を迎えました。
講演を聞いての所感をまとめると、伊藤先生は今や吃音を堂々とご自身のパーソナリティの一部として表現されており、これが全人的に先生の魅力となって輝いておられる事から、我々は自身の悩みと相俟って惹きつけられるのだろうと思います。
そして現在の心境を申し上げますと、入会してまだ日の浅い私はまだまだ言友会の“諸先輩方”のお名前とお顔は一致しませんが、症状は違えども入会して同じ悩みを持つ人たちに出会えた、という現在はある種の“孤独感”からは解放されました。
そして、今後は会活動への積極的な参加を通じて、“孤独”からの解放を目指していきたいと思っています。皆様、今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。


09/11 12:49
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匿名
前向きに生きる姿があった
私が言友会の存在を知ったのは、長女が不登校になり、その原因が「吃音」からくるものだったことが分かった3年ほど前のインターネットでした。しかし、当時は触れば壊れそうな長女を見守ることで精一杯でした。そして昨年11月の講演会に中学校のカウンセラーの方の紹介があり、妻と長女もその気になっていたので参加させていただきました。「一体どんなことをしているのだろう。」「吃音が治るのだろうか?」と興味本位で出席いたしました。受付を済まして席で待っていると、一人の青年が私たち家族に声をかけてくれました。その青年は吃音でありながらも一所懸命に話し掛けてきました。話の節々にその青年の澄み切った心が伝わってきました。初参加の私たち家族の緊張をほぐしてくれていたんだと後で気づきました。その講演会では二人の青年の体験談を聞かせていただき、吃音でありながらも「前向きに生きる」姿に感銘を受けました。と同時に、その裏には、どれだけの苦しみがあったのだろう、と吃音で苦しんだことのない私にとって計り知れないものを感じもしました。それ以降の例会においても皆さんの前向きな姿勢に「元気」をいただきます。吃音を克服することは精神を鍛えることであり、心の問題でもあることがわかり、その手助けをするのが言友会であり、人として成長する場なのだろうと思えます。例会では人前で発表したり発言したりしていますが、人前で吃音で話すという最も過酷なことにチャレンジすることが「吃音」を克服するだけでなく、精神的に成長することになるのだろうと思えます。吃音者だけの集まりではもったいない。
話は変わりますが、私自身緊張をすると吃音になっていたことを言友会に入って自覚するようになりました。今までは言葉につまっても緊張すると誰でもそうなると思い込んでいたようです。よくよく考えるとちょくちょく吃っています。とくに電話での応対では 「毎度ありがとうございます。」がいつもつまってしまい、上手く喋れません。そうなるといつも電話を受けるたびに緊張してしまい、またつまってしまいます。こんなことも例会で人前で発言することによって改善できたらと思っています。みなさまの元気を頂くばかりでなく、私自身も発していけたらと思います。どうぞよろしくお願いします。

09/11 12:45
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匿名
娘からのパワー
私が生まれ育った場所は田舎町で、小・中学校は1学年2クラスの小さな学校でした。そのため、ほとんどの人が私の吃音のことを知っており、よく、からかわれたり笑われたりしたものでした。小学校4年生の頃から何度か言語教室に通って、一時はほとんど気にならない程に回復しました。しかし、高校に入学して他の学校の新しい人達との出会いから、吃音のことが気になり、段々とひどくなってしまいました。『早く卒業して働きたい。』そうすれば、嫌な発表や本読みから開放されると思っていました。
高校卒業後、愛知県に就職したところ、入社教育から始まり、朝礼・電話・QCサークルなど、人前で話す機会がたくさんありました。それは学生時代のものとは比べものにならない程大変で、責任も重く、また自分の将来も決めてしまうかもしれない事だと知り、自分の甘さと世間の厳しさにがっかりしたものでした。
こんな私も人並みに結婚し子供も授かり、このまま平凡に暮らしていけるかと思ったのですが、娘は出産時のトラブルで生死をさまよい、持ち直してホッとしたところに「後遺症が残ります。」との医師の言葉で地獄に突き落とされました。なぜ私だけがこんな辛い思いをしなくてはいけないのかと悲観的になりましたが、それからはリハビリの毎日で、悲しんでいる暇もなく、ましてや自分の吃音の事など悩んでいる余裕はありませんでした。
2歳からは障害児の施設に母子通園が始まり、そこにはさまざまな障害を持った子供達がいました。どの家庭にも大変な試練があるのですが、保護者は皆明るく、それを感じさせないものでした。また、当の子供達も不自由な体でも屈託なく、本当に普通の子供なのでした。そんな姿を見て、私の悩みなど取るに足らない程度のものだと感じました。
娘はもう中学生で、全介助の車椅子の生活で正直大変です。でも、娘からはいろいろなものをもらっています。特に、生きるパワーと些細なことでも感動できる心です。手前味噌ですが、妻が「人の痛みを自分の痛みに出来るあなたの性格は、きっと娘と吃音のおかげよ。」と言います。
今までの人生で、憂鬱になったり、落ち込んだり、数え切れないほど恥ずかしい思いをしてきました。しかし、吃音から逃げることは出来ないし、人と関わらずに生きてはいけない事も実感しました。自分の人生だから逃げずに頑張るしかありません。一生懸命にやっていれば、どんな下手な発表でも暖かい目で見てくれる人がいることもわかりました。何より、不自由な体でも精一杯頑張っている娘が、私のイキガイであり宝です。吃音を悩んで苦しい時も、娘の笑顔が心を癒してくれます。これからもこのパワーをもらって頑張っていきますのでよろしくお願いします。

09/11 12:43
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うめキング
たかが吃音 〜言友会に出会って〜
小学校高学年の時、国語の授業で上手く皆の前で朗読が出来ずに吃ってしまったのをからかわれたのが、自分の記憶の中での最初の吃音です。
 吃音を意識すればするほど、その症状はひどくなり、先生や目上の人の前では殆ど話しが出来ない子供になってしまいました。吃音を治す為にはどうしたら良いかという事が絶えず頭から離れず、「心配しなくても大人になれば治るから。」という親の言葉を信じ、少しでも症状が軽くなると、このまま治るのではないかと期待し、症状が重くなると、やっぱり駄目かと失望するといった一喜一憂の繰り返し、完全に頭の中は吃音に支配されていました。
 それでも吃音に負けたくないという気持ちから、学生になると進んで接客のアルバイトをしました。バイトのある日は、朝から上手く出来るかどうかといった不安が頭から離れず、バイトに出掛ける直前まで自分の部屋に閉じこもって発声練習をしました。それでもやはり吃音は治る事無く、社会人になりました。
 仕事をしていて一番辛いのは、電話の応対です。自分の名前や会社の名前を言おうとすると喉が詰まってしまい、声が出て来ないのです。その為わざと電話から離れた席に座ったり、電話のベルが鳴っても手が放せない位忙しい振りをして誰かが出るまで待っていたりと、 ベルが鳴っただけで心臓がドキドキするようになってしまいました。
このままでは駄目だ。自分を長年苦しめてきたこいつの正体が知りたい。と思ったのはそんな時でした。インターネットで片っ端から吃音について調べました。そこで初めて言友会の存在と、豊橋にも支部がある事を知りました。迷っている時間は有りませんでした。藁をもすがる思いで、取る物も取らず言友会の門を叩きました。電話が苦手の故、前もって一切連絡することなく突然現れた私を、みんな暖かく迎えてくれました。
予想していた会のイメージは、非吃音者の講師やカウンセラーが前に立って話をして、 吃音者はその話を聞くだけ。といった集まりを想像していた私は、まずその場の雰囲気に面食らいました。司会者も、司会者に指名され発言している人も全員吃音者だったからです。
そして初めて来た私にも発言する機会が巡ってきました。そこで私は生意気にもこう言いました。「私は吃音と上手に付き合っていく気など有りません。どうしたら治るのか、治す為にどのような努力を皆さんされているのか教えて下さい。」 こいつを治す為に此処に来た、その為ならどんな努力も惜しまない。といった決意がありました。しばらくその場に冷たい空気が流れました。少しの沈黙の後、リーダー格の一人の男性が、「私は治すための努力は特にしていないのですよ。」と済まなさそうにおっしゃいました。私は少しがっかりしてしまいました。此処に通えば吃音を治して貰えるかもしれないと思ったのに、やっぱりそんなに甘くはないのだと。
しかし月に一回言友会に参加するうち、私の中で少しずつですが変化が起こりました。 まず同じ様に悩んでいるのは自分だけではない事に気付きました。今まで吃音で悩んでいる事を他人はおろか親にも話した事の無かった私が、自分をさらけ出す場を得た事でどれだけ気が楽になったか知れません。
第二に吃らずに話す為のテクニックを教わったことで、以前より電話が怖くなくなりました。例えば会社の名前等、電話に出て最初に言わなくてはいけない言葉は紙に書き、机の見える所に張っておき、それを読み上げるようにする。他には「あなご」を「あなご」と言った具合に吃りそうな言葉は2番目にアクセントを付けて話すと意外と上手くいくといった具合です。
それと何より言友会に入って自分自身良かったと思えたことは、皆さん今の自分を見て下さい! 人前で発言させて貰える機会を与えられた事です。今までの私なら、自分は吃音だから人前で話す事など出来ない。と逃げる事が出来たでしょう。しかし言友会はみんな吃音です、そんな言い訳は通用しません。毎月の例会では何度も発言する機会があります。それを繰り返すうち、言友会で出来たのだから他の場所でも出来るのではないかと自信が付きます。今こうして皆さんの前で話している私はそうした自信の積み重ねの賜物です。去年の言友会を知らなかった私が今の私を見たらさぞ驚く事でしょう。
最後にこの話を聞いて言友会に興味を持たれた方が見えましたら、是非一度遊びに来て下さい。そして今まで誰にも言えなかった思いの丈を話して下さい。きっとあなたの中で何かが変わるはずです。
人間として生まれてきた以上、悩みの無い人などいないでしょう。たまたま私たちは吃音で悩んでいるだけで、吃音でない人もそれぞれ誰にも言えない悩みを抱えて生きていることに気付き、人生最大の悩みであり課題であった吃音が「たかが吃音!」と心から言えるようになりたいと考えております。

(2003年11月16日の「豊橋・吃音者のつどい」の体験談発表より)

09/11 12:37
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